「爺の剣」 - 1
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/19 19:51 投稿番号: [50087 / 73791]
投稿者:直子
私が大学3年の時、母が亡くなりました。そして数ヵ月後、祖母も後を追うようにして亡くなりました。母は私に何も言わず、濡れた眼差しで私を見つめながら、私の手を必死で握りしめながら亡くなりました。でも祖母は、亡くなる数日前に私を枕元に呼んで、あることを話してくれたのです。とっても衝撃でした。
私の実の祖父があの剣道の師匠、爺であること、私の父が生きているかも知れないこと、でした。爺が私に打ち明けてくださるまでは、私から爺に問いつめてはならないこと、これが祖母との約束でした。でも、爺は、祖父であること、私が血のつながった実の孫娘であることをなかなか打ち明けてくださいません。
私、学生のとき四段でした。でも、大学を卒業して半年ほど剣道に足が遠のいておりました。爺の道場へも何かと理由をつけては行かなくなっておりました。就職難もあって、気に入った勤め先がまだ決まらない後ろめたさ、爺のしらじらしさ、もあったと思います。
学生の頃、大姉さんの小料理店でバイトして、その延長で忙しいときには大姉さんの和風スナックもお手伝いしておりました。母を亡くし、それからまもなく祖母も亡くなって、ひとりぽっちになっておりましたから、幾ばくかの遺産はあっても、当面の学費とか生活費とかで大姉さんのところでお手伝いしていたのです。お手伝いというより、なかば強引にお店に押しかけておりました。私の親衛隊のお客様が結構いらっしゃいましたから、大姉さんも無理には止めなかったようです。
スナックには、きれいなお姉様方が10人ほどいらっしゃって、みなさん和服でした。私の親衛隊の皆様も毎晩のように来て下さる方が多くて、世間の不況にもかかわらず結構繁盛しておりましたのよ。
そんなとき、爺がおひとりでお店にいらっしゃって、いきなり「儂と三番勝負せぬか」と言うんです。
私は、それまで爺と稽古したことがありません。私が知るかぎり、爺が誰かと稽古している姿を見たこともありません。こわい師範代の高木さんとも稽古している姿を見たことがありません。
たった一度だけですが、夜遅く何かの用事で爺の家へ行ったとき、道場から「エイ!」という鋭い気合いが聞こえてきました。気になって道場を覗きますと、薄暗い道場の中で爺が真剣でひとりで演武しておりました。でもよく見ると、道場の隅で高木さんが正座して爺の演武をジッと見ております。私は、爺に用事があって来ましたので、しかたなく爺の演武が終わるまでと思って、勝手に道場へ入って、入口で正座して爺の演武が終わるのを待ちました。
爺の演武は大変奇妙でした。居合いでもありません。変化自在なのです。まるで、周りの見えない敵と、幻影と立ち合っているようでした。爺は、道場に入ってきた私を気にも止めません。とうに気付いているくせに、です。高木さんも私にチラッと視線を向けると、また爺の演武に見入っておりました。
爺は、今度は細身の大小二本を手に取ると、そのままダラリと身体の前に構えました。いいえ、構えたというより、手に持ってぶらさげたという感じでした。この立ち姿、どこかで見たような気がいたしました。そうです、宮本武蔵が後年になって描いたあの自画像そっくりなのです。
爺は、しばらくそのままでしたが、やがてゆっくりと流れるように「歩み足」で前進すると、二刀をゆったりと振りました。いいえ、振ったのではありません。見えない何かを斬っているのです。
現在の竹刀剣道、打突剣道では「歩み足」は悪い足運びだとされています。剣先で相手の中心を攻めることもいたしておりません。その時、私はこの爺の演武は基本を無視した変な演武だと思っておりました。
私が大学3年の時、母が亡くなりました。そして数ヵ月後、祖母も後を追うようにして亡くなりました。母は私に何も言わず、濡れた眼差しで私を見つめながら、私の手を必死で握りしめながら亡くなりました。でも祖母は、亡くなる数日前に私を枕元に呼んで、あることを話してくれたのです。とっても衝撃でした。
私の実の祖父があの剣道の師匠、爺であること、私の父が生きているかも知れないこと、でした。爺が私に打ち明けてくださるまでは、私から爺に問いつめてはならないこと、これが祖母との約束でした。でも、爺は、祖父であること、私が血のつながった実の孫娘であることをなかなか打ち明けてくださいません。
私、学生のとき四段でした。でも、大学を卒業して半年ほど剣道に足が遠のいておりました。爺の道場へも何かと理由をつけては行かなくなっておりました。就職難もあって、気に入った勤め先がまだ決まらない後ろめたさ、爺のしらじらしさ、もあったと思います。
学生の頃、大姉さんの小料理店でバイトして、その延長で忙しいときには大姉さんの和風スナックもお手伝いしておりました。母を亡くし、それからまもなく祖母も亡くなって、ひとりぽっちになっておりましたから、幾ばくかの遺産はあっても、当面の学費とか生活費とかで大姉さんのところでお手伝いしていたのです。お手伝いというより、なかば強引にお店に押しかけておりました。私の親衛隊のお客様が結構いらっしゃいましたから、大姉さんも無理には止めなかったようです。
スナックには、きれいなお姉様方が10人ほどいらっしゃって、みなさん和服でした。私の親衛隊の皆様も毎晩のように来て下さる方が多くて、世間の不況にもかかわらず結構繁盛しておりましたのよ。
そんなとき、爺がおひとりでお店にいらっしゃって、いきなり「儂と三番勝負せぬか」と言うんです。
私は、それまで爺と稽古したことがありません。私が知るかぎり、爺が誰かと稽古している姿を見たこともありません。こわい師範代の高木さんとも稽古している姿を見たことがありません。
たった一度だけですが、夜遅く何かの用事で爺の家へ行ったとき、道場から「エイ!」という鋭い気合いが聞こえてきました。気になって道場を覗きますと、薄暗い道場の中で爺が真剣でひとりで演武しておりました。でもよく見ると、道場の隅で高木さんが正座して爺の演武をジッと見ております。私は、爺に用事があって来ましたので、しかたなく爺の演武が終わるまでと思って、勝手に道場へ入って、入口で正座して爺の演武が終わるのを待ちました。
爺の演武は大変奇妙でした。居合いでもありません。変化自在なのです。まるで、周りの見えない敵と、幻影と立ち合っているようでした。爺は、道場に入ってきた私を気にも止めません。とうに気付いているくせに、です。高木さんも私にチラッと視線を向けると、また爺の演武に見入っておりました。
爺は、今度は細身の大小二本を手に取ると、そのままダラリと身体の前に構えました。いいえ、構えたというより、手に持ってぶらさげたという感じでした。この立ち姿、どこかで見たような気がいたしました。そうです、宮本武蔵が後年になって描いたあの自画像そっくりなのです。
爺は、しばらくそのままでしたが、やがてゆっくりと流れるように「歩み足」で前進すると、二刀をゆったりと振りました。いいえ、振ったのではありません。見えない何かを斬っているのです。
現在の竹刀剣道、打突剣道では「歩み足」は悪い足運びだとされています。剣先で相手の中心を攻めることもいたしておりません。その時、私はこの爺の演武は基本を無視した変な演武だと思っておりました。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.