正座の発祥は中国、今あるのは日本だけ
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/15 19:47 投稿番号: [49622 / 73791]
投稿者:大介
あるブログから:
正座という座り方が正式な座法となったのは室町期に小笠原流が武家礼式として確立してからで、
一般に定着したのは江戸期に入ってから。
正座を生活習慣として定着させていたのは実は中国です。
もともと中国人は日本の和服と同じように肌着に襦袢をつけてゆったりとした着物をまとっていました。
ただ日本のように褌という下着がなかったため、どうしても胡座では都合が悪かったと感じます。
中国でも褌という下着が穿かれるようになったのは相当時代が下ってからで、褌という下着はもともとポリネシア系の文化なのです。
という訳で中国では男性も女性も座る場合は、まず跪(ヒザマ)ずき、そして正座をしていました。
正座という座法は唐の時代までづっと続いていましたが、
徽宗皇帝の時代あたりから胡人やアラビア人などがどんどん中国にやってくると家には土間できて椅子の生活がだんだんと定着し、宋代には正座の習慣がなくなってしまいます。
日本に中国の正座の座法が入ってきたのは飛鳥時代くらいだと思われますが、
正座が座法として定着していたとは考えられません。身分や職業で皆違っていたことでしょう。
庶民は貫頭衣で胡座など、貴族や従者は袴かズボンをはいてますからやはり胡座でしょうか。
僧侶が現在のように裳をつけるようになるのは結構後の時代になりますから、もしかしたら仏教僧だけは正座の座法だったのかもしれません。
鎌倉時代でも公家も武家もやはり胡座ですし、日本の文化は褌や袴など胡座にむいた衣服でしたから胡座が中心になってます。
室町期に武家礼式が確立してきてようやく正座がでてきますが、普段は板敷きの床に円座(ワロウダ)でも敷いて胡座という生活です。
正座が普段の生活に入ってくるのは、畳が普及してからでしょう。
畳など戦国期でもよほどの貴人の家でもふんだんには使われいません。
畳が普及してくるのは信長が大量に使い始め、秀吉もそれを継承したあたりからです。
畳の普及とともに、座法も胡座から正座の文化に自然に移っていったと考えてます。
武士は食ねど高楊枝などというように、どうも日本人の伝統的な精神基調は「やせ我慢!?」の文化。胡座でもすれば楽なのに、わざわざ正座をして精神を鍛錬する手段にも利用してきたわけです。
正座という習慣は本場は中国であったものが、中国では滅びてしまい、日本に残ったわけです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1410772864?fr=rcmd_chie_detail
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.
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