「使いまわし」と「倹約」
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2009/02/06 15:21 投稿番号: [48772 / 73791]
投稿者:爺
つい一昔前の日本の家庭では、食べ物を粗末にするとバチがあたると言われておった。当時、食料は大変貴重なものであり、特に白米のご飯は茶碗に盛ると一粒も残すなと母親に言われたものである。お膳に残した食べ物でまだ食べられそうなものは母親が大事そうに皿や丼に入れ、次の食事にまた出した。しかし、ワシの母親はワシにはあまり残り物は出さんかった。残り物は母親が食べておったな。
しかし、金を取って客に食事を出す食い物やがこれをやってはいかん。もったいない意識があるのであろうが、特にこのことは貧しい国では社会通念なのであろうが、家族とは違って、見ず知らずの客が食べ残したものは食べる気がせん。しかし、韓国とは言わず、これが北朝鮮であったらどうかな?
飢えて死ぬ人もおると聞くから、食べ残しを捨てるほどの余裕はなかろう(苦笑
食べ残しを再度出す風習は、貧しい国ならどこにでもあること。客を食べ残しでもてなすこともあろう。ワシが旅した国々でも、ワシに食べ残しを出したところもあろう。しかし、気にはならなかった。皆が皆、食べておったからな。
食べ物を粗末にするのは、日本人の裕福さの産物。戦時中や戦後の貧しさの時代には、残した食べ物でまだ食べられそうなものを捨てるものはまずおらんかったと言ってよい。ご飯もそうだな、残したご飯も立派な粥になる。味噌汁をかければ、立派な猫のご飯になる。今では、ワシの家の猫も贅沢になって、こんな猫メシには見向きもせんが..。猫の缶詰やクッキー、そして鶏肉を好む。それも新鮮でなければ食べん。
西ネパール山奥からひとりの青年が来たことがあるが、日本の甘いトウモロコシに目を丸くしておった。また、ケンタッキー・フライドチキンに行ったときも、軟骨はおろか、骨を噛み砕いて髄まで食べておった。実にきれいに食べておった。感心したものである。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.
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