Re: 日中戦争不存在
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/11/11 10:38 投稿番号: [44051 / 73791]
おはようございます。
>シナ事変、日中戦争はありませんでした・・・・かなり過激な発言ですが、この間の議論を見ているとあの大陸における「戦争」現象について、国際政治や中国側の複雑な事情や、日本側の水面下の動きなどなかなか一面的には捉えられるものではない事がよく分かりました。
いえ、この日中戦争はなかったという説はかなり広く言われていることであり、だからこそあれは戦争ではなく事変だった、つまり満州事変でありシナ事変であったと言うわけです。
しかし、宣戦布告無き戦争は過去にも多くあり、ベトナム戦争も宣戦布告はありませんでした。
戦争とは、国家の意思を相手に強制する外交手段です。したがって、国同士の正規軍が戦闘を交えたのですから、日中戦争がなかったというのは不自然だと思っています。
>ここにおいて双方友に「侵略反侵略」という意識はどこにも見当たりません。ましてや日本国、中国国民党共に宣戦布告した事実さえありません。
戦争とは双方に大義名分があり、ここでどちらに正義があったと言ってもそれは戦勝国の正義が通るだけの話です。
>満州国建国に至る道筋を見ても、当時日本の主要な関心は欧米諸国と協調して設立された対中借款団における、日本の既得権を対象から如何に外すか、という問題に集中されており、国際協調及び国際法の遵守に異様なまでに拘っていた姿を発見する事ができます。尚、満州国建国もまた日本の主導煮よる侵略的印象を避けるために「中華分裂」の結果を演出しました。
これについても、国家の権益を守るために、他国の権利を侵すことが当然と考えられていた時代の問題であることを忘れるわけには行きません。また本当に中国側にそれだけの組織だった抵抗が出来るだけの形があったか、実際は単なる匪賊の集合ではなかったのかという見方も出来ます。今我々が見聞きしている歴史には様々な立場による解釈が並立しており、日中間だけを考えても歴史の解釈には180度の違いがあります。
最終的には、当時の選択が当時の基準で日本の国益にかなったかどうかであり、誰にとって正しかったかは後付けの判断でしかないと思っています。
>問題は、満州国建国で一応の日本側権益の確立を見て尚、第二の満州国を夢見て、あるいは建国された満州国「益」保護のために華中以南にも進出した事にありますが、これもまた「華中以南」に権益を保持していた英国を代表とする在中既得権益諸国との関係の中で、中国側勢力の変遷と関係づけて論じなければならないでしょう。
最終的には如何に中国を分割するかのぶんどり合戦に、日本は入れてもらえなかったとも考えられます。
>今回の論文で提起された諸問題解決のためにも様々な角度での解析が必要であり、現在の議論に新たな視点も必要かと思いました。現在的視点ではどう語るべきなのか分かりませんが、日中戦争不存在も当時の日中関係からは成立し得る議論だと考えております。
新たな立場での検証はむろん必要と思います。そのうえで、私がこだわるのは、当時の日本の国益を最大限に守るための方法は何だったかと言うことです。それを、今の国際情勢、価値観に置き換えて判断することはできません。ただ、現代の我々は、あれ以降の歴史を知っています。結局、当時の選択の結果を事実として知っているわけです。
わたしが今回の田母神論文の内容を正しいとするのは、当時の日本が日本の国益を守るために戦争をしたのであり、それに対して侵略国家であり、悪を働いたと切り捨てることは間違っているとしている主題です。
ベトナム戦争でアメリカは自らの罪を認めたことがあるか、ソ連(ロシア)は認めたことがあるか、中国は認めているか、英国は、フランスは、ドイツは(非難はナチスに押しつけていますが)・・・なぜ、日本だけが罪を認め侵略国の汚名を甘んじて受けなければならないのかという点です。
戦争はむろん悪なのです。日本の戦争だけが悪なのではなく、日本が非戦の誓いを立て、60年以上の間それを実行していることは、むろん、国防を無視して非戦は成り立ちませんが、それなりに評価できます。殆どの有力な諸外国はそれを口にしても実行はしていないのですから。
私は、その基本的立場から踏み外す解釈はあまり意味がないのではないかと考えています。同じ材料を使って、日本が世界を混乱に陥れた諸悪の根元という解釈も矛盾無くできます。
>シナ事変、日中戦争はありませんでした・・・・かなり過激な発言ですが、この間の議論を見ているとあの大陸における「戦争」現象について、国際政治や中国側の複雑な事情や、日本側の水面下の動きなどなかなか一面的には捉えられるものではない事がよく分かりました。
いえ、この日中戦争はなかったという説はかなり広く言われていることであり、だからこそあれは戦争ではなく事変だった、つまり満州事変でありシナ事変であったと言うわけです。
しかし、宣戦布告無き戦争は過去にも多くあり、ベトナム戦争も宣戦布告はありませんでした。
戦争とは、国家の意思を相手に強制する外交手段です。したがって、国同士の正規軍が戦闘を交えたのですから、日中戦争がなかったというのは不自然だと思っています。
>ここにおいて双方友に「侵略反侵略」という意識はどこにも見当たりません。ましてや日本国、中国国民党共に宣戦布告した事実さえありません。
戦争とは双方に大義名分があり、ここでどちらに正義があったと言ってもそれは戦勝国の正義が通るだけの話です。
>満州国建国に至る道筋を見ても、当時日本の主要な関心は欧米諸国と協調して設立された対中借款団における、日本の既得権を対象から如何に外すか、という問題に集中されており、国際協調及び国際法の遵守に異様なまでに拘っていた姿を発見する事ができます。尚、満州国建国もまた日本の主導煮よる侵略的印象を避けるために「中華分裂」の結果を演出しました。
これについても、国家の権益を守るために、他国の権利を侵すことが当然と考えられていた時代の問題であることを忘れるわけには行きません。また本当に中国側にそれだけの組織だった抵抗が出来るだけの形があったか、実際は単なる匪賊の集合ではなかったのかという見方も出来ます。今我々が見聞きしている歴史には様々な立場による解釈が並立しており、日中間だけを考えても歴史の解釈には180度の違いがあります。
最終的には、当時の選択が当時の基準で日本の国益にかなったかどうかであり、誰にとって正しかったかは後付けの判断でしかないと思っています。
>問題は、満州国建国で一応の日本側権益の確立を見て尚、第二の満州国を夢見て、あるいは建国された満州国「益」保護のために華中以南にも進出した事にありますが、これもまた「華中以南」に権益を保持していた英国を代表とする在中既得権益諸国との関係の中で、中国側勢力の変遷と関係づけて論じなければならないでしょう。
最終的には如何に中国を分割するかのぶんどり合戦に、日本は入れてもらえなかったとも考えられます。
>今回の論文で提起された諸問題解決のためにも様々な角度での解析が必要であり、現在の議論に新たな視点も必要かと思いました。現在的視点ではどう語るべきなのか分かりませんが、日中戦争不存在も当時の日中関係からは成立し得る議論だと考えております。
新たな立場での検証はむろん必要と思います。そのうえで、私がこだわるのは、当時の日本の国益を最大限に守るための方法は何だったかと言うことです。それを、今の国際情勢、価値観に置き換えて判断することはできません。ただ、現代の我々は、あれ以降の歴史を知っています。結局、当時の選択の結果を事実として知っているわけです。
わたしが今回の田母神論文の内容を正しいとするのは、当時の日本が日本の国益を守るために戦争をしたのであり、それに対して侵略国家であり、悪を働いたと切り捨てることは間違っているとしている主題です。
ベトナム戦争でアメリカは自らの罪を認めたことがあるか、ソ連(ロシア)は認めたことがあるか、中国は認めているか、英国は、フランスは、ドイツは(非難はナチスに押しつけていますが)・・・なぜ、日本だけが罪を認め侵略国の汚名を甘んじて受けなければならないのかという点です。
戦争はむろん悪なのです。日本の戦争だけが悪なのではなく、日本が非戦の誓いを立て、60年以上の間それを実行していることは、むろん、国防を無視して非戦は成り立ちませんが、それなりに評価できます。殆どの有力な諸外国はそれを口にしても実行はしていないのですから。
私は、その基本的立場から踏み外す解釈はあまり意味がないのではないかと考えています。同じ材料を使って、日本が世界を混乱に陥れた諸悪の根元という解釈も矛盾無くできます。
これは メッセージ 44041 (siodometaiwan1028 さん)への返信です.