Re: 麻生は本当に右派なのか(再掲)
投稿者: uberzeitgeist 投稿日時: 2008/11/08 10:38 投稿番号: [43810 / 73791]
tokagenohesoさん
おはようございます
・1937年7月以降の日本の中国に対する軍事力行使は、明確に1922年の9カ国条約1928年の不戦条約に違反しています。中国本土への侵略は1937年7月からです。
7月に日本が大部隊を派遣し総攻撃を開始したことが重要です。それへのレスポンスが8月中国軍の上海での軍事行動となったのです。シナ事変の開始は8月ではなく7月なのです。時期に拘る理由です。
・日本は1928年8月不戦条約に参加しました。国際協調とくに英米との協調路線を一方ではまだ探っていたのです。その可能性を著しく低めたのが1929年の田中義一首相による張作霖事件の責任者の軽い処分です。
7月この上奏を聞いた天皇が田中に前回の上奏とは異なることを指摘し田中は責任をとって辞職しました。この軽い処分が出先の軍部を付け上がらせ今度は満州事変となりいわゆるワシントン体制をぶち壊しました。
これから先、日本は対独接近方向へと動き出し英米協調路線放棄が明らかとなっていきます。
日本の分岐点となったのはそれゆえ張作霖事件の処理を行った1929年7月です(国内では、1932年の5.15事件、1936年の2.26事件のテロにより日本の政治を軍部が完全に掌握していきます)。
1929年の前半までは英米協調の選択肢があったのです。「なぜそれが選択肢になりうるのか」は、それまでの20年代日本は英米協調でやってきたからです。
・法律論としては麻生内閣は正当性がある内閣です。しかし政治論としてみると基盤が弱いと言えます。選挙の洗礼を受けていないからです。
tokagenohesoさんは一つ誤認しています。麻生内閣は後4年任期があるのではなく、来年9月の衆議院議員の任期いっぱいまでです。
麻生にとっての選択肢は、
①任期満了選挙(この場合予算が通った時点でレイムダックとなります。内閣に求心力がなくなり政治家も官僚も動かなくなるからです)
②4-6月の解散選挙(予算を通した後)
③1-3月の解散選挙(予算編成にとどめ1月解散)
①を避けるとすれば、後は②か③です。②でも③でもいいのですが公明党は早いほうがいいのです。7月の都議会選挙の出来るだけ前に総選挙を実施したいのです。恐らく麻生は③を選択すると思います。
日中論議はまたの機会にしましょう。今回はこれだけに留めておきます。悪しからず。
これは メッセージ 43806 (tokagenoheso さん)への返信です.
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