ルービン回顧録(上
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2008/10/12 15:38 投稿番号: [41396 / 73791]
投稿者:チー
◆ルービン回顧録 ロバート・ルービン著 2005 年 9 月 19 日 株式日記
公式の場では、かなり手厳しく日本の経済問題を批判した。こうした私の発言は、常にきわどい外交問題に発展した。日本はアメリカの緊密な同盟国であり、非難にきわめて敏感な傾向があった。しかし次第に、公式発言を通じてインパクトを与えるほうがよいとの確信を強めた。
なぜなら、日本政府は各国からの助言を拒否する姿勢を見せていたが、日本の景気回復は国際経済全体にとってますます重要になってきたためである。こうした拒絶反応は、ゴールドマン・サックス時代にもよく目にしていた。日本政府の態度は、トレーダーが含み損の回復を祈る態度に似ていた。しかしそのような場合には、冷静に状況を再評価し、適切な修正を受け入れるしかないのだ。
政権内では、日本に対する今後の方針をめぐる議論を重ねた。クリントン政権のメンバーの大半がそうであったように、私も日本に対して強硬論者だった。しかしアル・ゴアはさらに強硬だった。閣議室でミーティングを開催し、経済を安定させるよう日本側を説得する手段を話し合ったときのことだ。
クリントン大統領の向かいに座っていた副大統領が、語気を強めて大統領に進言した。「何としても日本の危機感を喚起し、プレッシャーを与えるべきです」。副大統領は日本側の頑なな態度を変えさせる説得力のある戦略を提案した。そのなかには、東京にアメリカの識者を送り込み、景気回復の重要性を国民に訴えるという案まで含まれていた。それは真剣な提案というより、論点を協調するための発言だったのかもしれないが、先進同盟国の経済失策のせいでみなが苦境に追い込まれているのだというわれわれの苛立ちを反映してのことだった。(中略)
結局、日本の景気回復を見ないまま、国際経済危機は何とか収まった。しかし、日本経済の脆弱さが回復の足を引っ張り、アジアの経済不安を増大させたという見解は正しかったと、いまでも信じている。そして日本経済の弱さは、経済の安定に重要な役割を果たした中国とは対照的だった。もし、日本が不況に陥ったとき中国が別の選択をしていたら、二国からの影響が重なり、アジア経済は決定的なダメージを受けていただろう。当時の中国は主要輸出市場ではなく、アジア諸国に多額の投資もしていなかった。
しかし、輸出市場での競争力はあり、中国政府のなかには、人民元の平価切り下げを行えば輸出品が安くなり、中国の利益につながるとの意見もあったようだ。しかしもし、そのようなことになっていれば、アジア全土で新たな平価切下げ競争が引き起こされただろう。クリントン大統領や私を含めた政権幹部との何回かの会談の席で、江沢民主席と朱鋳基首相は中国通貨の平価切り下げは絶対に行わないと強調した。そして実際にその言葉を守った。
こうした会談を通して私の中国観が固まり、今日に至っている。中国の政治リーダーたちは手強く、独立心が強く、圧力に屈しない。良し悪しは別として、アメリカや世界各国から、中国は日本よりも建設的な役割を果たしていると見なされると、大いに満足していた。しかしその国家としての誇りは、アジア経済危機の間、建設的な経済支援に貢献したが、中国の政治指導者たちの心がそこに向いていなければ、国際的な圧力をかけても無駄だっただろう。
クリントン政権がスタートしたばかりの頃、大統領が、アメリカ市場への参入と人権問題の進展を取引材料に圧力をかけるよりは、貿易政策によって中国を国際経済に引き込む戦略に出たほうがよいのではないかと提案した。大統領はそれを裏づけるために中露対立を歴史的な例として挙げ、中国は国力が劣っていた時代でもロシアの要求に応じなかったほどなので、大国となったいま、アメリカが圧力を強めたところで屈することはないだろうと説明した。
◆ルービン回顧録 ロバート・ルービン著 2005 年 9 月 19 日 株式日記
公式の場では、かなり手厳しく日本の経済問題を批判した。こうした私の発言は、常にきわどい外交問題に発展した。日本はアメリカの緊密な同盟国であり、非難にきわめて敏感な傾向があった。しかし次第に、公式発言を通じてインパクトを与えるほうがよいとの確信を強めた。
なぜなら、日本政府は各国からの助言を拒否する姿勢を見せていたが、日本の景気回復は国際経済全体にとってますます重要になってきたためである。こうした拒絶反応は、ゴールドマン・サックス時代にもよく目にしていた。日本政府の態度は、トレーダーが含み損の回復を祈る態度に似ていた。しかしそのような場合には、冷静に状況を再評価し、適切な修正を受け入れるしかないのだ。
政権内では、日本に対する今後の方針をめぐる議論を重ねた。クリントン政権のメンバーの大半がそうであったように、私も日本に対して強硬論者だった。しかしアル・ゴアはさらに強硬だった。閣議室でミーティングを開催し、経済を安定させるよう日本側を説得する手段を話し合ったときのことだ。
クリントン大統領の向かいに座っていた副大統領が、語気を強めて大統領に進言した。「何としても日本の危機感を喚起し、プレッシャーを与えるべきです」。副大統領は日本側の頑なな態度を変えさせる説得力のある戦略を提案した。そのなかには、東京にアメリカの識者を送り込み、景気回復の重要性を国民に訴えるという案まで含まれていた。それは真剣な提案というより、論点を協調するための発言だったのかもしれないが、先進同盟国の経済失策のせいでみなが苦境に追い込まれているのだというわれわれの苛立ちを反映してのことだった。(中略)
結局、日本の景気回復を見ないまま、国際経済危機は何とか収まった。しかし、日本経済の脆弱さが回復の足を引っ張り、アジアの経済不安を増大させたという見解は正しかったと、いまでも信じている。そして日本経済の弱さは、経済の安定に重要な役割を果たした中国とは対照的だった。もし、日本が不況に陥ったとき中国が別の選択をしていたら、二国からの影響が重なり、アジア経済は決定的なダメージを受けていただろう。当時の中国は主要輸出市場ではなく、アジア諸国に多額の投資もしていなかった。
しかし、輸出市場での競争力はあり、中国政府のなかには、人民元の平価切り下げを行えば輸出品が安くなり、中国の利益につながるとの意見もあったようだ。しかしもし、そのようなことになっていれば、アジア全土で新たな平価切下げ競争が引き起こされただろう。クリントン大統領や私を含めた政権幹部との何回かの会談の席で、江沢民主席と朱鋳基首相は中国通貨の平価切り下げは絶対に行わないと強調した。そして実際にその言葉を守った。
こうした会談を通して私の中国観が固まり、今日に至っている。中国の政治リーダーたちは手強く、独立心が強く、圧力に屈しない。良し悪しは別として、アメリカや世界各国から、中国は日本よりも建設的な役割を果たしていると見なされると、大いに満足していた。しかしその国家としての誇りは、アジア経済危機の間、建設的な経済支援に貢献したが、中国の政治指導者たちの心がそこに向いていなければ、国際的な圧力をかけても無駄だっただろう。
クリントン政権がスタートしたばかりの頃、大統領が、アメリカ市場への参入と人権問題の進展を取引材料に圧力をかけるよりは、貿易政策によって中国を国際経済に引き込む戦略に出たほうがよいのではないかと提案した。大統領はそれを裏づけるために中露対立を歴史的な例として挙げ、中国は国力が劣っていた時代でもロシアの要求に応じなかったほどなので、大国となったいま、アメリカが圧力を強めたところで屈することはないだろうと説明した。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.