造反有理 革命無罪 あるいは水戸黄門
投稿者: siodometaiwan1028 投稿日時: 2008/10/04 19:38 投稿番号: [40646 / 73791]
水戸黄門は日本を代表する勧善懲悪番組、そして韓国版では「大長今・宮廷女官チャングム」がありますね。どちらも善玉悪玉が明確であり、主人公はどんな悪玉に遭遇しようと必ず「勝利」し、どんなピンチに、例えば死刑執行まで追い詰められても何故か必ず生還する勝負強さを持っています。
実はこの論理構成は「左翼理論一般」と実にうまく適合します。つまり、資本主義が成熟していく=資本の独占化が進行する中で、労働者階級と資本家間の階級矛盾は際限なく拡大し、革命党に組織化された労働者による「革命」は歴史的「必然」である、と言うわけです。どこか似ていませんか?そうです、革命に至る政治過程論は、究極の「勧善懲悪」論であり、「悪玉善玉」構成になっているのです。
中国もロシアも北朝鮮も、日本の左翼陣営もよく使う言いまわしに「〜の結果を招く一切の責任は○○にある」というフレーズがありますが、彼等の回路には相互主義とか中間とか灰色は存在せず、常に係争対象を「絶対悪」の立場に置いてしまいます。当然自らは絶対善であり、政治経済価値観の変動は一切関係ありません。
掲題の「造反有理・革命無罪」はかの紅衛兵達のスローガンであり、文化大革命が権力闘争である事を覆い隠し、「修正主義との戦い」であると勧善懲悪的に、あるいは革命の過渡期に発生する歴史的必然として論理化したものであり、だからこそ彼等は「悪」であると規定された人々に対してあれ程残虐になれた訳です。
左翼に身を置くという事は、実はこの「勧善懲悪」論的立場に身を置く事になりますので、「天に変わって正義を行う」ような快感を伴い、しかもどのような政治勢力や団体や思想や宗教であれ、党が「反動反革命」と「規定」してくれさえすれば、その(反動的)一面だけを見続ければいい、という事にもなります。この辺りが左翼周辺の党派党争や党内抗争・粛正が多発する理由でもあります。何せ対立が起きれば必ず自らを「善」と規定しますので、相手は「抹消すべき悪」になってしまうからです。
さて、我が韓国においても左派民族主義者達が40〜50代に差しかかり、過去の保守独裁による弾圧への反発から、強烈な反日感を持った層を構成しています。竹島問題においても韓国社会に於いて最も非妥協的ないわば「核心層」になっているのではないでしょうか。そして、彼等の発想は縷々述べてきたような左翼的発想であるだけに完全に「勧善懲悪」の世界にはまり込んでおり、彼等が考えを変えない限り韓国世論も大きく動くことはないでしょう。純粋な左派民族主義=絶対善に身を置く人達ですから、韓国社会においても彼等に反対するものへの攻撃性は強烈です。
この世代が健在な内は、日韓親善といっても虚しい由縁でもあります。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.
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