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剣道の究極は心の修行にあります

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2008/08/22 21:41 投稿番号: [37513 / 73791]
投稿者:直子

今までの竹刀剣道から離れ、木刀試合を始めるようになって、心の持ち方に苦心する日々が続いております。動作の基本や技術は、もちろん一心不乱に磨いているつもりですが、心だけはその日その日で変わるのが止められません。対戦相手によっても変わります。平常心になろう、無心になろう、と思っていてもダメなんです。竹刀剣道のように果敢に攻め続けることもできません。

示現流は、この点、息もつかせぬ動きで勢いを自己暗示にかけているようです。動作から動作への継ぎ目をできるだけ小さくしているのです。これは、雑兵相手の合戦ではかなり効果があるようですが、相手が剣の達人であれば、苦戦するかもしれません。また、強力に相手を打撃するには、ある程度の力が必要です。ところが、この力は動作のスキになります。剣のスキは、動くことによっで生じるからです。身体だけではありません。動作を起こそうとする気の動き、心の動きもスキになります。でも、動かなければ勝敗は決しないのですから、相手をよくよく観察しながら動きます。この動きを相手に見破られてはいけません。わざと動いて相手を誘う場合もありますが、相手がこれを読んでいたとしたら、逆にピンチになります。ああでもない、こうでもないが頭をよぎります。これを雑念といいます。剣道では、いちばんよくないことです。

よく剣豪の映画やドラマなどで、お二人が対峙したまま微動だにしないシーンがありますが、本当は清流のように心が常に動いており、両足もジッと居着いてはいないんです。足をゆっくり前に出す動作にさえ、相手が出た場合を考えて常に反応できるように相手を観察しながら出します。相手の意表を突いてすっと出す場合もあります。イメージ的には表に見える動作と見えない動作で動いているんですよ。

爺に言わせると、宮本武蔵が晩年に描いた自画像が究極の剣だと言ってます。ダラリと二刀を身体の前にぶらさげただけといった姿です。「二刀を持って二刀を持たず」といった武蔵の晩年の心境でしょうね。まさに変化自在の構えでしょうね。もし、これが一刀でも同じかも知れません。動かすのは剣よりも足だと思います。足を動かすのは腰の動きです。腰を相手の変化に応じて意のままに動かすのは、視覚です。心の目です。これは、正しい姿勢からしか見ることが出来ません。人には三半規管がありますからね^^

古流の流派に見られる変則的な構えは、相手に違和感を与える、相手の攻撃を特定部位に誘うといったことが主です。この流儀を知らない相手は、引っかかる場合があります。

ところで、剣道の奥義や免許皆伝書の多くは、たとえば日本剣道形のような形を説明しているのと同時に気構えや心構えを説いています。

剣道の奥義は、たとえが悪いかも知れませんが、水鳥が水面をゆったりと泳いでいる姿を思い浮かべてください。静寂として美しい光景ですが、水の中では足がしきりに動き続け、一瞬のスキに餌をとります。う〜ん、やっぱりたとえが悪い^^;

剣道は、とても奥が深いんです^^;
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