Re: またまた朝鮮日報の
投稿者: ahoruda333 投稿日時: 2008/05/29 20:35 投稿番号: [34844 / 73791]
narurinさん、こんばんは。
>かの民族は、筋道立てて考えられない=診断に行き着かない、という可能性があるのではないでしょうか?<
私は、narurinさんのように医療現場に詳しくなく、医学や医療行為の知識も全くないので思いっきりはずしているかもしれませんが、私の経験などを考えると、いっくらチョウセンミンジョクでも診断ができないということは無いと思います。
・・・・と、私が考えるのは、医療の診断というのは、患者の症状や問診からある程度絞り込まれ、さらに検査によって(ほぼ)直接的に結論が導かれるものと思います。理学研究のように、「永遠に分からない真実」を実験結果という間接的な情報を通して推定するので無く、検査結果から直接結論が出るわけですから、診療を間違えることは極めて希のような気がします。
例えば、足が痛く腫れていれば、骨折または捻挫が仮説として即座に思い浮び、レントゲンを撮ることによって、どちらかが確定します。そしてその治療方法も確立しているわけです。
また、ろれつが回っていなかったり、歩行でバランスが崩れていたり、片側がシビレていたりしたら、脳梗塞や脳出血の疑いがあるわけで、CTやMRIによってその仮説は検証できます。治療法も症状によって、ほぼ決まっています。
つまり、診察はある程度パターン化されていて、さらに検査機器の進化によって、その症状を直接確定できてしまうわけです。もちろん、複数の病気を発病していたり、院内感染や検査では分かりにくい病気もあるかとは思いますが、ほとんどの病気は既知であり、その治療法も(難病以外は)確立してると思います。
>医療は、科学ですから、それこそ、冷静な目で、わずかの症状やデータを見逃さず、時には、小さな現象だけで、大きなものを見つけなければいけないことがあります。<
確かにそのとうりだと思います。先入観に凝り固まっていては、生データを見る目が曇ってしまします。
ただ、診断や治療というのは、いわゆる狭義の医学研究とは違うように思います。未知のことを行っているわけでは無く、データさえ見れば答えがある程度推定でき、その治療法も分かっているわけです。
未知のことにチャレンジする(どのような結果が出るか分からない)化学実験などは、結果を見てからそのつど考察し、仮説を立てて検証方法まで考案するというプロセスが必要ですが、治療においては、そういうことがある程度フローチャート化されているように思います。
(技術・技能が重要視される外科医は別として)優秀な医師かどうかの違いは、あるデータ(=問診や症状・検査)に対して、可能な限りたくさんの仮説(=病名)を構築(=想像)できるかどうか?そしてその仮説の検証方法と優先順位付けを的確に行えるかどうか?・・・だと思います(患者への思いやりとかは別にして)。
前者の場合は、既に既知のことですので勉強すれば蓄積できるはずです。ちょうど弁護士がたくさんの判例や法廷技術を知っているようなことと同じわけで、チョウセンジンでも問題ないように感じています。
チョウセンジンに欠けているのは、未知のことにチャレンジし、それを解決していく能力だと私は感じています。
>かの民族は、筋道立てて考えられない=診断に行き着かない、という可能性があるのではないでしょうか?<
私は、narurinさんのように医療現場に詳しくなく、医学や医療行為の知識も全くないので思いっきりはずしているかもしれませんが、私の経験などを考えると、いっくらチョウセンミンジョクでも診断ができないということは無いと思います。
・・・・と、私が考えるのは、医療の診断というのは、患者の症状や問診からある程度絞り込まれ、さらに検査によって(ほぼ)直接的に結論が導かれるものと思います。理学研究のように、「永遠に分からない真実」を実験結果という間接的な情報を通して推定するので無く、検査結果から直接結論が出るわけですから、診療を間違えることは極めて希のような気がします。
例えば、足が痛く腫れていれば、骨折または捻挫が仮説として即座に思い浮び、レントゲンを撮ることによって、どちらかが確定します。そしてその治療方法も確立しているわけです。
また、ろれつが回っていなかったり、歩行でバランスが崩れていたり、片側がシビレていたりしたら、脳梗塞や脳出血の疑いがあるわけで、CTやMRIによってその仮説は検証できます。治療法も症状によって、ほぼ決まっています。
つまり、診察はある程度パターン化されていて、さらに検査機器の進化によって、その症状を直接確定できてしまうわけです。もちろん、複数の病気を発病していたり、院内感染や検査では分かりにくい病気もあるかとは思いますが、ほとんどの病気は既知であり、その治療法も(難病以外は)確立してると思います。
>医療は、科学ですから、それこそ、冷静な目で、わずかの症状やデータを見逃さず、時には、小さな現象だけで、大きなものを見つけなければいけないことがあります。<
確かにそのとうりだと思います。先入観に凝り固まっていては、生データを見る目が曇ってしまします。
ただ、診断や治療というのは、いわゆる狭義の医学研究とは違うように思います。未知のことを行っているわけでは無く、データさえ見れば答えがある程度推定でき、その治療法も分かっているわけです。
未知のことにチャレンジする(どのような結果が出るか分からない)化学実験などは、結果を見てからそのつど考察し、仮説を立てて検証方法まで考案するというプロセスが必要ですが、治療においては、そういうことがある程度フローチャート化されているように思います。
(技術・技能が重要視される外科医は別として)優秀な医師かどうかの違いは、あるデータ(=問診や症状・検査)に対して、可能な限りたくさんの仮説(=病名)を構築(=想像)できるかどうか?そしてその仮説の検証方法と優先順位付けを的確に行えるかどうか?・・・だと思います(患者への思いやりとかは別にして)。
前者の場合は、既に既知のことですので勉強すれば蓄積できるはずです。ちょうど弁護士がたくさんの判例や法廷技術を知っているようなことと同じわけで、チョウセンジンでも問題ないように感じています。
チョウセンジンに欠けているのは、未知のことにチャレンジし、それを解決していく能力だと私は感じています。
これは メッセージ 34838 (narurin さん)への返信です.