Re: 百済様式 - 韓国では復元するそうです
投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2008/05/14 16:30 投稿番号: [34165 / 73791]
投稿者:爺
朝鮮の歴史は、中国もそうであるが、王朝が交代するたびに前王朝のものはすべて破壊されてきた。百済文化も徹底的に破壊され、その民である扶余もまた徹底的に迫害・虐殺された。一部が日本に逃れて長い歴史の過程で日本人となった。百済から日本に伝わった文化は、その後の日本の文化の発展に大きな影響を与えたし、唐や隋との交流にもつながる。韓国では、この百済を再現するそうじゃ。再現にあたっては、以下の読者意見にもあるような誇張・歪曲があってはならん。くれぐれも史実に忠実な再現を期待する。
>木造の大建造物には石の基壇が必要であり,木は焼けたり朽ち果てても石は残り,建物のスケールや配置はわかるものだ。石さえも残っていないのはなぜか?
「法隆寺は百済からの渡来人がつくったのだから,百済には法隆寺と同じかそれ以上の王宮や五重塔があったに違いない」という思いこみに基づく「復元」のようだが,法隆寺には朝鮮半島には自生していないヒノキの巨木が使われている。百済ではせいぜい直径1メートルの松くらいしか調達できなかったはずだ。日韓の古建築のスケールの差は技術の差だけでなく,ヒノキと松の差でもあるのだ。松だけを使っての「伝統建築工法」では,これだけの屋根の重さは支えられないだろう。見えないところはしっかり鉄骨で補強していそうだ。歴史捏造も大変である。
では御免。
これは メッセージ 34141 (k_g_y_007_naoko さん)への返信です.
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