日本の歴史的意義 ahoruda333さん
投稿者: p10l9 投稿日時: 2008/01/31 20:05 投稿番号: [30508 / 73791]
93%の国民が日本を強く誇りに思える理由ですね!
日本人は、素晴らしいです。
>H・G・ウェルズ(イギリス、歴史学者)
この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。
>ロスロップ・スタッタード(アメリカ、歴史学者)
すでに四百年の間、連続的勝利によって、白人は本能的に自己の膨張は無限に継続するものと信ずるに至った。
1904年の日露戦争以前には、自己の膨張が停止するというような思想は白人千人中の一人にも考えがおよばなかった。(中略)
1900年は、四百年間みなぎりきった白人潮勢の頂点であった。白人はその時、威名と実力の頂上に達したのである。
その後わずか四年にして日本は猛然起って露国に抗し、旅順港に巨砲弾を浴びせて世界を驚かした。
その刹那に白人の退潮が始まった。(長瀬鳳輔訳『有色人種の勃興』政教社、147,151頁)
>ベルナール・ミロー(フランス ジャーナリスト)
これら日本の英雄達は、この世界に純粋性の偉大さというものについて教訓を与えてくれた。
彼らは1000年の遠い過去から今日に、人間の偉大さというすでに忘れ去られてしまったことの使命を、とり出して見せつけてくれたのである。(『神風』)
>ジョイス・C・レブラ女史(アメリカ、コロラド大学歴史学部教授)
大東亜戦争下、アジア諸国に進駐して行った日本軍政の最大の特徴の一つは、各国の青年を教育し、組織し、独立精神を振起した点にある。その遺産は戦後も様々な形で生き続けている。
日本の敗戦、それはもちろん東南アジア全域の独立運動には決定的な意味を持っていた。
今や真の独立が確固とした可能性となると同時に、西洋の植民地支配の復活も、許してはならないもう一つの可能性として浮かび上がってきたのである。
民族主義者は、日本占領期間中に(日本軍により)身につけた自信、軍事訓練、政治能力を総動員して、西洋の植民地復帰に対抗した。
そして、日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったということをイギリス、オランダは戦後になって思い知ることになるのである。
(中略)
さらに日本は独立運動を力づけ、民族主義者に武器を与えた。
日本軍敗走の跡には、二度と外国支配は許すまいという自信と、その自信を裏付ける手段とが残ったのである。
東南アジアの人間は今や武器を手にし、訓練を積んでおり、政治力、組織力を身につけ、独立を求める牢固たる意志に支えられていた。
(「東南アジアの開放と日本の遺産」秀英書房、256〜7ページ)
>ジョージ・S・カナヘレ(アメリカ、ハワイ日本経済協議会事務局長・政治学博士)
日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事の中で、最も重要なものの一つは、正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えた事である。(中略)
インドネシア人が軍事訓練を受けたことの意義は極めて重要なものであった。これが後のインドネシア革命軍の大部分の将校と何千の兵士となり、復帰してきたオランダ勢力と独立戦争を戦う際の基盤となった。
日本によって与えられたこのような機会がなかったならば、戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。
>ラグ・クリシュナン(インド、大統領)
インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。
それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。
驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。(昭和44年「日本経済新聞」)
>ニミッツ元帥(アメリカ 太平洋艦隊司令長官)
この島を訪れるもろもろの国の旅人達よ。
故郷に帰ったら伝えてくれ。
この島を守るために、日本軍人は全員玉砕して果てた。その壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を!
>スリム中将(イギリス第十四軍司令官)
たたかれ、弱められ、疲れても自身を脱出させる目的でなく本来の攻撃の目的を以て、
かかる猛烈な攻撃を行った日本の第三十三師団の如きは、史上にその例を殆ど見ないであろう。
かくの如き望みのない目的を追求する軍事上の分別を何と考えようとも、この企図を行った日本軍人の最高の勇気と大胆不敵さは疑う余地がない。
私は彼等に比肩し得べき如何なる陸軍も知らない。
(「敗北から勝利へ」)
>蒋介石
ラモウ・騰越を死守しある日本軍人精神は、東洋民族の誇りたるを学び、範として我が国軍の名誉を失墜せざらんことを望む
日本人は、素晴らしいです。
>H・G・ウェルズ(イギリス、歴史学者)
この大戦は植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界連邦の礎石をおいた。
>ロスロップ・スタッタード(アメリカ、歴史学者)
すでに四百年の間、連続的勝利によって、白人は本能的に自己の膨張は無限に継続するものと信ずるに至った。
1904年の日露戦争以前には、自己の膨張が停止するというような思想は白人千人中の一人にも考えがおよばなかった。(中略)
1900年は、四百年間みなぎりきった白人潮勢の頂点であった。白人はその時、威名と実力の頂上に達したのである。
その後わずか四年にして日本は猛然起って露国に抗し、旅順港に巨砲弾を浴びせて世界を驚かした。
その刹那に白人の退潮が始まった。(長瀬鳳輔訳『有色人種の勃興』政教社、147,151頁)
>ベルナール・ミロー(フランス ジャーナリスト)
これら日本の英雄達は、この世界に純粋性の偉大さというものについて教訓を与えてくれた。
彼らは1000年の遠い過去から今日に、人間の偉大さというすでに忘れ去られてしまったことの使命を、とり出して見せつけてくれたのである。(『神風』)
>ジョイス・C・レブラ女史(アメリカ、コロラド大学歴史学部教授)
大東亜戦争下、アジア諸国に進駐して行った日本軍政の最大の特徴の一つは、各国の青年を教育し、組織し、独立精神を振起した点にある。その遺産は戦後も様々な形で生き続けている。
日本の敗戦、それはもちろん東南アジア全域の独立運動には決定的な意味を持っていた。
今や真の独立が確固とした可能性となると同時に、西洋の植民地支配の復活も、許してはならないもう一つの可能性として浮かび上がってきたのである。
民族主義者は、日本占領期間中に(日本軍により)身につけた自信、軍事訓練、政治能力を総動員して、西洋の植民地復帰に対抗した。
そして、日本による占領下で、民族主義、独立要求はもはや引き返せないところまで進んでしまったということをイギリス、オランダは戦後になって思い知ることになるのである。
(中略)
さらに日本は独立運動を力づけ、民族主義者に武器を与えた。
日本軍敗走の跡には、二度と外国支配は許すまいという自信と、その自信を裏付ける手段とが残ったのである。
東南アジアの人間は今や武器を手にし、訓練を積んでおり、政治力、組織力を身につけ、独立を求める牢固たる意志に支えられていた。
(「東南アジアの開放と日本の遺産」秀英書房、256〜7ページ)
>ジョージ・S・カナヘレ(アメリカ、ハワイ日本経済協議会事務局長・政治学博士)
日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事の中で、最も重要なものの一つは、正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えた事である。(中略)
インドネシア人が軍事訓練を受けたことの意義は極めて重要なものであった。これが後のインドネシア革命軍の大部分の将校と何千の兵士となり、復帰してきたオランダ勢力と独立戦争を戦う際の基盤となった。
日本によって与えられたこのような機会がなかったならば、戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。
>ラグ・クリシュナン(インド、大統領)
インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。
それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈もした。
驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。(昭和44年「日本経済新聞」)
>ニミッツ元帥(アメリカ 太平洋艦隊司令長官)
この島を訪れるもろもろの国の旅人達よ。
故郷に帰ったら伝えてくれ。
この島を守るために、日本軍人は全員玉砕して果てた。その壮絶極まる勇気と祖国を想う心根を!
>スリム中将(イギリス第十四軍司令官)
たたかれ、弱められ、疲れても自身を脱出させる目的でなく本来の攻撃の目的を以て、
かかる猛烈な攻撃を行った日本の第三十三師団の如きは、史上にその例を殆ど見ないであろう。
かくの如き望みのない目的を追求する軍事上の分別を何と考えようとも、この企図を行った日本軍人の最高の勇気と大胆不敵さは疑う余地がない。
私は彼等に比肩し得べき如何なる陸軍も知らない。
(「敗北から勝利へ」)
>蒋介石
ラモウ・騰越を死守しある日本軍人精神は、東洋民族の誇りたるを学び、範として我が国軍の名誉を失墜せざらんことを望む
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