Re: 1950年代?
投稿者: kaka8950jc 投稿日時: 2008/01/21 15:38 投稿番号: [29658 / 73791]
私は1941年生まれです。
先日高校時代のクラス同窓会の知らせが来ました。
当時の卒業写真を見ますと(10名程のグループ写真)私のグループは全員下駄履き、クラス(50名程)でズックは10名程でした。
私もその写真を見ズッコケ、又その時代を思い浮かべました。
すき焼きは最高級のご馳走で、それも牛肉ではなく、安い馬肉でした(今日では馬肉は数倍高い)
トイレは汲み取り。テレビ、冷蔵庫なし。車は自転車。風呂は銭湯。
暖房は火鉢、夏はウチワ蚊帳つって寝ていた。、
道路は市内の幹線道路以外は未舗装。
本田の運搬自転車の後部にエンジンを付けたバイクが走っていた。
当時、一部の金持ち以外は殆どの家庭は似たようなもので、貧乏とか思わなかった。
洋画が好きでアメリカ、フランス映画のなかで自家用車に乗り、電気冷蔵庫のある家に住むなんて羨望の先の先の事で考えられませんでした。
戦後の日本経済は、製造業が壊滅状態でした。
優秀な成績の大卒は炭鉱に就職しました。(中東に石油が出て石炭の時代は終わる)
製造業では造船業界に優秀な人材が多く集まり日本造船界の世界進出は目覚ましいものでした。
繊維産業も繁栄しましたが佐藤政権時代、対米繊維交渉で輸出が制限され繊維産業も衰退しました。(現在新素材、炭素繊維で復活)
家電、東芝、日立、三菱、松下。
ラジオ、扇風機、蛍光灯、しばらくして白物(冷蔵庫、洗濯機)
鉄鋼業界
米国への過度な輸出で摩擦が起きる。米国の業界は倒産したり経営が困難になる。(品質の問題もあるが、米国の製鉄所は炭鉱、鉄鉱石のある内陸部にあり輸送は鉄道。日本はミルポートを造り10万トンクラスの船で原材料を買い数万トンの船で輸出)
精密機械
ニコン、キャノン等カメラは世界の評価を得る
戦後25年は大雑把でこんなもの。
そして、炭鉱は壊滅。
鉄鋼、造船は隆盛から苦難の道をたどり復活。
繊維、中小は壊滅、技術のある企業は復活。
家電は新製品の開発で継続的に発展を遂げる。上記以外ソニー、富士通、NEC等が加わる。
精密機器は爆発的に発展し、半導体製造機械、コピー機等、世界の追随を許さない。
自動車産業の本格的な輸出が増えるのは1970年代後半と私は記憶しています(都会の港湾関係に勤めていました貨物の荷動きは知る立場)
突然乱入して失礼しました。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.
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