Re: 日本企業の過信 (日韓文化比較)2
投稿者: kirameku7umi 投稿日時: 2007/11/21 10:17 投稿番号: [26483 / 73791]
さらに八十石ぐらいの禄をもらっていた時計師たちは、禄を失って失業した。職業的な技術にたよっていた美術工芸的な和時計は、安価なボンボン時計に比べて、製造コスト的にも存続してゆけるはずがない。
『しかし、打ちのめされた彼等が輸入されたボンボン時計を分解した時、その構造が以外に単純であることを知った。たしかにボンボン時計は、和時計よりも進歩したものであったろうが、定時法時計の原理は不定時法時計よりはるかに単純である。
一度は壊滅した和時計もたちまち洋式時計として再生し、失業した藩の時計師たちは会社を創設してボンボン時計を造り出した。工場生産というシステムは劣っていたが、二百数十年蓄積した技術は強い。
日清戦争ごろアメリカ輸入のボンボン時計は14円〜15円だったが、日本製は4〜5円、約1/3の価格である。たちまち日本製はアメリカ製を国内から駆逐し、明治35年ごろには中国・インド・東南アジアからアメリカ製を駆逐してしまった。
明治維新後、幕府暦局御用時計師・大野規周は、大阪造幣局技師として精密機械産業の発展に努力するとともに、大阪に時計製作所を設立し、多くの技術者を養成した。もちろんこのような努力をしたのは彼だけではない。ここで蓄積された伝統的技術と生産方式が結合して、日本の精密工業の基礎ができ、やがてはそれが世界を制覇するのである。』
和時計の遺産はそれだけではない。徳川時代の時計師たちは時計だけでなく様々なものを造っている。「消防ポンプ」・今見ても見事な「葉タバコ自動きざみ機」・ロボットの原型ともいえる「カラクリ人形」などなど。
『こう言う時計師が蒸気機関を見ればすぐにその構造がわかる。ペリー来航で蒸気船を知った日本人が、すぐ同じものを造っても不思議ではない。
寛政八年細川半蔵頼直という人が「機巧図案」という3冊の本を出版しているが、その2冊は自動人形、1冊は時計の製作法である。日本がロボット大国になったのは奇跡でもなんでもない。大体、神ならぬ人間の世界に奇跡などあるわけがない。こういう見方はすべて歴史への無知にゆらいする。
このように消防ポンプのピストンも、からくりの複雑な伝導装置もみな時計師が造ったから、明治になって外国の図書でさまざまな機械の図をみると、すぐにそれを造った時計師がいてもすこしも不思議ではない。
彼らは欧米の多くの機械の図を見たとき、すぐにその構造を理解し、同時に同じものを自前の技術で造る能力をもっていたのである。この蓄積がなければ、今日の日本はなかったであろう。』
日本の技術力の高さは、なにも江戸時代に限ったことではない。有史いらい日本は物造りにかけては、世界の最先端をつねに走っていた。
時計技術にしても、寡聞にして私は近世の中国や朝鮮で、ヨーロッパと比肩できる自前の時計が造られたという話を知らない。 近代化で中国や朝鮮が日本に大きく遅れをとったのは、決して偶然でないのだ。
>こりゃお前だろ、ボケ!
土佐人は気性も荒いがぜよ。坂本龍馬のような優しい男ばかりだと思わないほうがいい。俺は決して紳士じゃない。気をつけて口を利け(笑い)。
『しかし、打ちのめされた彼等が輸入されたボンボン時計を分解した時、その構造が以外に単純であることを知った。たしかにボンボン時計は、和時計よりも進歩したものであったろうが、定時法時計の原理は不定時法時計よりはるかに単純である。
一度は壊滅した和時計もたちまち洋式時計として再生し、失業した藩の時計師たちは会社を創設してボンボン時計を造り出した。工場生産というシステムは劣っていたが、二百数十年蓄積した技術は強い。
日清戦争ごろアメリカ輸入のボンボン時計は14円〜15円だったが、日本製は4〜5円、約1/3の価格である。たちまち日本製はアメリカ製を国内から駆逐し、明治35年ごろには中国・インド・東南アジアからアメリカ製を駆逐してしまった。
明治維新後、幕府暦局御用時計師・大野規周は、大阪造幣局技師として精密機械産業の発展に努力するとともに、大阪に時計製作所を設立し、多くの技術者を養成した。もちろんこのような努力をしたのは彼だけではない。ここで蓄積された伝統的技術と生産方式が結合して、日本の精密工業の基礎ができ、やがてはそれが世界を制覇するのである。』
和時計の遺産はそれだけではない。徳川時代の時計師たちは時計だけでなく様々なものを造っている。「消防ポンプ」・今見ても見事な「葉タバコ自動きざみ機」・ロボットの原型ともいえる「カラクリ人形」などなど。
『こう言う時計師が蒸気機関を見ればすぐにその構造がわかる。ペリー来航で蒸気船を知った日本人が、すぐ同じものを造っても不思議ではない。
寛政八年細川半蔵頼直という人が「機巧図案」という3冊の本を出版しているが、その2冊は自動人形、1冊は時計の製作法である。日本がロボット大国になったのは奇跡でもなんでもない。大体、神ならぬ人間の世界に奇跡などあるわけがない。こういう見方はすべて歴史への無知にゆらいする。
このように消防ポンプのピストンも、からくりの複雑な伝導装置もみな時計師が造ったから、明治になって外国の図書でさまざまな機械の図をみると、すぐにそれを造った時計師がいてもすこしも不思議ではない。
彼らは欧米の多くの機械の図を見たとき、すぐにその構造を理解し、同時に同じものを自前の技術で造る能力をもっていたのである。この蓄積がなければ、今日の日本はなかったであろう。』
日本の技術力の高さは、なにも江戸時代に限ったことではない。有史いらい日本は物造りにかけては、世界の最先端をつねに走っていた。
時計技術にしても、寡聞にして私は近世の中国や朝鮮で、ヨーロッパと比肩できる自前の時計が造られたという話を知らない。 近代化で中国や朝鮮が日本に大きく遅れをとったのは、決して偶然でないのだ。
>こりゃお前だろ、ボケ!
土佐人は気性も荒いがぜよ。坂本龍馬のような優しい男ばかりだと思わないほうがいい。俺は決して紳士じゃない。気をつけて口を利け(笑い)。
これは メッセージ 26428 (nakws6 さん)への返信です.