「脱亜入欧」-林思雲(Lin Si Yun)5(完
投稿者: k_g_y_7_naoko 投稿日時: 2007/09/26 21:48 投稿番号: [22965 / 73791]
一方で西洋文明を摂取し学習する中国は、もう一方では昔ながらの旧い中華文明を堅持しつづけようとするという矛盾した行動を取った。
「西人ノ国ヲ立ツルヤ、学堂ニ才ヲ育クミ、議院ニ証ヲ論ジ、君民一体トナリ、上下同心シ、実ニ務メ虚ヲ戒(つつし)ミ、謀定マリテ後チ動ク、此レ其ノ体也。輪船、火炮、洋槍、水雷、鉄路、電線、此レ其ノ用也。中国ノ其ノ体ヲ遺(す)テテ其ノ用ヲ求ムル、竭蹶〔力が足りない〕ナルハ論ズルマデモ無ク、常ニ相イ及バズ。就令(たとい)鉄艦行ヲ成シ鉄路四達スルモ、果シテ恃ムニ足ランヤ」 と、鄭観応が『盛世危言』(1893年)でいみじくも指摘しているようにである。
福沢諭吉の「脱亜論」を読んで私が激しく衝撃を受けたのは、当時の日本が西洋文明を受容したこと、そして抵抗しなかったことである。
福沢の「脱亜論」の思想の核心となる考え方には、すべての人間に西洋の先進文明を受容させようという面も、存在する。しかし中国は今日に至っても西洋文明に対して抵抗する態度を取っているではないか。今日の中国は自強を目指してはいるが、いまだに“中体西用”の考え方から脱していない。中華文明の基礎の上に西洋文明を学び取るという立場を崩していない。
日本が西洋文明を学ぶにおいては、学ぶことそれ自体が目的だった。中国が西洋文明を学んだのは一種の権宜の策あるいは手段だった。中華の文明を維持しつづけることが目的だったのである。しかし文化と政治制度はセットである。西洋国家の政治制度は西洋の文化あるいは文明の土壌に建てられているからだ。西洋の政治制度を西洋の文化から切り離して、政治制度だけを取り入れようとし、文明の文化的な土壌を無視するのが、いわゆる“中体西用”なるものの中身である。だが西洋の政治制度を中華の思想で運営しようとすれば、きわめて困難なものとなるのは必然的である。
中国は現在に至っても“近代化”をなしえていない。その最大の障碍の一つは、中国人が中華思想で西洋文明の利器だけを使用しようとしているところにあると、私は思っている。
<完>
さて、中韓のお人はこれをどう評価するかな?
以上、
投稿者:爺
これは メッセージ 22963 (k_g_y_7_naoko さん)への返信です.
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