Re: いよいよ韓国消滅へカウントダウン!
投稿者: hendazo04 投稿日時: 2007/07/02 07:17 投稿番号: [19519 / 73791]
宮沢喜一逝去。日本国総理大臣経験者、87歳。
真珠湾攻撃直後に大蔵省に。地方税務署長などを経て戦争保険を担当しているときに終戦。戦後は上級小役人としてサンフランシスコ講和条約にパシリ役で随行。為に同条約の生き証人という大袈裟な評価を主に左傾集団から受ける。
確かに彼は戦争の生き証人ともいえるかも知れない。同年代の青少年が御国の為にその若い命を散らしているときに、彼は安全な場所で椅子に座りコリコリと英霊の保険用紙欄を埋めていた。
彼は続々と届く新たな保険用紙から英霊の何を感じたのだろうか。
海部俊樹辞任後の総理の椅子を、馬喰の孫小沢一郎に設えてもらって2年足らず経験する。
就任後彼は天安門事件で国際的に孤立していた中国を救うべく、自民保守派の猛烈な反対を押し切って天皇訪中をたくらむ。パペットとはいえ総理という立場ならばその程度はできる。保守派といわれる議員も、自身に現実的、金銭的な障害がなければ、たいしたことはしない。
本来の保守であれば体を張っても天皇をシナのために利用させるべきではなかったはずだが、当時の左傾空気の中でベテラン保守議員は沈黙し若手議員は力がなかった。
恐れ入ったのは天皇訪中の環境作りと称して靖国不参拝を表明するというgive and give の、今に続く奇怪な日中関係を構築したこと。
しかも北京の人民大会堂で天皇に”中国国民に多大の苦痛を与えた”と「謝罪」とも取れるお言葉を述べさせる。国姦、許されざる所業である。
↓(宮沢の靖国秘密参拝要旨)
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/syusyouyasukunisannpai.htm#hisanpai
彼は韓国も訪問、従軍慰安婦を謝罪せよとの旧売春婦によるデモパフォーマンスに身がすくみ、河野談話を捻り出す。加えて、日本人を育成する教科書に隣国条項なるものを考案し、中韓の「歴史観」にそぐわないことは日本の子弟には教えないと定めた。
そんな政治家を元勲高橋是清と比例するとは、筋も貫禄も違うというしかない。
更に言えば、映画「俺、君」の試写会で製作者の都知事が言うのには、彼が自民党議員の立場で、映画のモデルとなった知覧の鳥濱トメさんに国民栄誉賞を、と具申したが、宮沢は手のひらで追い払らったという。
都知事はそのことがよほど腹に据えかねていたのだろう、「俺はそのとき、(英霊に非礼な)この男はのたれ死ぬと思ったね。思ったとおり(宮沢は)政治的にのたれ死んだ」と公言したものだ。 快としよう。
石原の言うとおり、宮沢は意地汚く議員に固執したが、石原の遠戚の小泉に中曽根もろとも引導を渡された。
そんな宮沢を自民党葬で見送るという。 不快である。
さて、オレは金正日、池田大作、渡辺恒雄の3本の大柱が崩落した後を、不謹慎といわれようと楽しみにしている。
その先駆けが宮沢と中曽根だ。 まだ幕は上がったばかり。
真珠湾攻撃直後に大蔵省に。地方税務署長などを経て戦争保険を担当しているときに終戦。戦後は上級小役人としてサンフランシスコ講和条約にパシリ役で随行。為に同条約の生き証人という大袈裟な評価を主に左傾集団から受ける。
確かに彼は戦争の生き証人ともいえるかも知れない。同年代の青少年が御国の為にその若い命を散らしているときに、彼は安全な場所で椅子に座りコリコリと英霊の保険用紙欄を埋めていた。
彼は続々と届く新たな保険用紙から英霊の何を感じたのだろうか。
海部俊樹辞任後の総理の椅子を、馬喰の孫小沢一郎に設えてもらって2年足らず経験する。
就任後彼は天安門事件で国際的に孤立していた中国を救うべく、自民保守派の猛烈な反対を押し切って天皇訪中をたくらむ。パペットとはいえ総理という立場ならばその程度はできる。保守派といわれる議員も、自身に現実的、金銭的な障害がなければ、たいしたことはしない。
本来の保守であれば体を張っても天皇をシナのために利用させるべきではなかったはずだが、当時の左傾空気の中でベテラン保守議員は沈黙し若手議員は力がなかった。
恐れ入ったのは天皇訪中の環境作りと称して靖国不参拝を表明するというgive and give の、今に続く奇怪な日中関係を構築したこと。
しかも北京の人民大会堂で天皇に”中国国民に多大の苦痛を与えた”と「謝罪」とも取れるお言葉を述べさせる。国姦、許されざる所業である。
↓(宮沢の靖国秘密参拝要旨)
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/syusyouyasukunisannpai.htm#hisanpai
彼は韓国も訪問、従軍慰安婦を謝罪せよとの旧売春婦によるデモパフォーマンスに身がすくみ、河野談話を捻り出す。加えて、日本人を育成する教科書に隣国条項なるものを考案し、中韓の「歴史観」にそぐわないことは日本の子弟には教えないと定めた。
そんな政治家を元勲高橋是清と比例するとは、筋も貫禄も違うというしかない。
更に言えば、映画「俺、君」の試写会で製作者の都知事が言うのには、彼が自民党議員の立場で、映画のモデルとなった知覧の鳥濱トメさんに国民栄誉賞を、と具申したが、宮沢は手のひらで追い払らったという。
都知事はそのことがよほど腹に据えかねていたのだろう、「俺はそのとき、(英霊に非礼な)この男はのたれ死ぬと思ったね。思ったとおり(宮沢は)政治的にのたれ死んだ」と公言したものだ。 快としよう。
石原の言うとおり、宮沢は意地汚く議員に固執したが、石原の遠戚の小泉に中曽根もろとも引導を渡された。
そんな宮沢を自民党葬で見送るという。 不快である。
さて、オレは金正日、池田大作、渡辺恒雄の3本の大柱が崩落した後を、不謹慎といわれようと楽しみにしている。
その先駆けが宮沢と中曽根だ。 まだ幕は上がったばかり。
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.