両班貴族の優雅(?)な生活
投稿者: inakamon527 投稿日時: 2006/09/08 18:05 投稿番号: [1751 / 73791]
>朝鮮王朝時代には、良民(両班、中人、常人)と賤民(奴婢、白丁)に分けられる身分階級の最上位に位置していた貴族階級に相当する。儒教を信奉し、自ら顔を洗うことすら卑しい賤民の行為として忌み嫌った。現在の韓国においても李氏朝鮮の両班のような労働を忌み嫌う精神構造の事を両班精神、両班意識などと呼んだりする。<
(ウィキペティアより抜粋)
>両班(貴族)は極度に労働を蔑視して、キセルに煙草を詰めるのさえ従僕にさせたといわれています。
両班は官吏以外の職に就くと、その後、永久に両班の特権を失うので、失業しても決して他の仕事をしようとしませんでした。 <
http://pinoccio.at.webry.info/200601/article_20.html>文官を輩出することの出来る文班と、武官を輩出することのできる武班で構成されているため両班と呼ぶ。中国の律令制度との違いは、中国では科挙に合格すれば平民でも官僚になれたのに対し、両班階級以外は官僚になれなかった点である。
両班は、儒教の精神に乗っ取り、転んでも自分では起きないと言うほど肉体労働を極端に忌み嫌った。→両班精神?
両班は、税金や免除面での特権を持ち地方では自治権を思いのままにした。<
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CE%BE%C8%C9実に優雅でうらやましい生活だったのでしょうね。
韓国人が夢見る生活は!。
ただ・・・・この手の禁治産者どもが国政の全てだったということは、
その下にいるぐらい悲惨なことはありませんね。
>坪谷善四郎が書いた義和団事件(1899〜1901)の観戦記『北清戦観戦記』にはこうある。
「朝鮮の政治的命脈は気息奄々(きそくえんえん)であった。何時滅亡するかという状態だった。
鶏林各道の山河は、開拓すれば将来、大富源となることは疑いないところだった。だが、政治は腐敗し、堕落は横行し、巨費を投じて官を買う徒は財を奪うなど人々を苦しめた。十三の長官などは、三年その職に居れば子孫は三代の後まで寝転んでわが世の春を謳歌できた。こういうのが実状だから、富めば役人に奪われるため、人々は働いて富を得ようとするものはない。人民は怠け者となった。その日暮しの衣食住さえ足りればいい、とした。土地があっても耕さない。鉱山があっても採掘もしない。漁民も働かない。山林は乱伐にまかせた。国をあげてその日暮しである。こうして国運は日に日に衰える一方だった。」 <
http://www.shizoku-a.com/tokusyu/tokusyu_14.htm(↑このHPは容赦なくその頃の朝鮮の様子を書いてます。)
・・・・・アタリマエだわな。
こんな『真っ暗な異臭のする穴』が理想なんだから、救いが無いっす。
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