Re: 最新データ以前の話しを延々とされても
投稿者: superdreadnote 投稿日時: 2007/04/29 01:25 投稿番号: [16810 / 73791]
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一方日本政府と大本営は、日中戦争拡大中のため、対ソ戦の不拡大方針を決定し、外交的解決を図ろうとした。しかし、関東軍参謀部がこれを無視、
7月23日に攻勢に出た。
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8月20日、ソ連軍は総攻撃に移り、23日、第23師団は戦車主体の機械化師団に包囲され壊滅。死傷率が師団の70%を越えるという前代未聞の結果となる。同日、独ソ不可侵条約が締結され、その報が伝わると、日独の同盟関係、日ソの紛争状態での同盟に政府軍部は衝撃を受けた。
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大敗と独ソ関係の両面から政府は作戦中止を決定。9月1日のドイツ軍ポーランド侵攻がこれを確実なものとし、大命降下をうけて関東軍は撤退。15日、モスクワで停戦協定が成立し終結となった。
これを見る限り、日本に10個師団を満州に動員なんて話はありませんね。
また、当時の日本は中国と戦争中であり、10師団を満州に送る余裕なんて
ありません。
当時の陸軍兵力
日本
25万人
中国
210万人
ソ連
160万人
>日本が内地、朝鮮、中国から満洲に10個師団を集結中という情報
また8月23日に、独ソ不可侵条約が締結されており、ソ連は後顧の憂いなく
戦えたわけです。
外交というのは、騙しあいであり、ハッタリはつき物です、
そんなことくらい百も承知のスターリンが、騙されるはずが無い。
実際に10師団をノモンハンのソ連軍の目の前に並べても、
ソ連はなんともなかったでしょうね。
ソ連には160万の兵力があったのだから。
>1個師団だけでもこれだけてこずっているのに、10個師団も来られては大変だとスターリンは震え上がった
後でなんと言おうと、日本はハルハ河からずっと東部の、ソ連の主張する国境線を認めさせられたのだから、日本が負けたことは動かない。
もし、勝ったのなら、日本側の主張するハルハ河が国境線になっていた
はず。
may先生にはどうしても常識が通用しないもどかしさを感じるが、
ちょうどkimと似ている。どっちも妄想に生きていて、決して現実を認めない。
kimの「韓国は連合国を率いてチョッパリをやっつけた」という
倒錯した発言とmay先生の主張は狂信者のそれである。
これは メッセージ 16754 (may7idaho さん)への返信です.
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