Re: 情報分析せず、現場情報を無視したソ連
投稿者: superdreadnote 投稿日時: 2007/04/26 22:23 投稿番号: [16697 / 73791]
>3.戦車を使い果たすと、日本軍機関銃陣地にも40回以上の歩兵突撃を繰り返し、
歩兵全滅を招いた。
>4.それでも、日本軍戦車、航空機、対戦車砲等の優秀さをジューコフ等は、
何度報告されてもこれを無視し、最後まで現地情報を活かせなかった。
↑
ほんとーですかー?
「ハルハ川東岸(右岸)では、日本軍が87両の戦車で攻撃をかけた。主に軽戦車からなる戦車第4連隊は、2日夜に装甲部隊による夜襲をかけた。(装甲部隊による夜襲は世界初で、大変珍しい例である。)攻撃は成功をおさめたが、戦局に影響するほどのものではなかった。主に中戦車からなる戦車第3連隊は、翌3日に防御陣地に対する正面攻撃を行って壊滅し、連隊長吉丸大佐は戦車内で戦死した。ソ連軍は4日に反撃をはじめ、6日に日本軍は退却した。装甲部隊の急速な損耗を憂慮した関東軍司令部の判断によって安岡支隊は9日に解隊され、戦車部隊は戦場から引き上げた。」
日本戦車は役に立たなかったの。
それで、戦場から引き上げさせられたの。
日本戦車の被害が約30輌と少なかったのは、そもそも関東軍には約100輌
くらいの戦車しかなく、全く役に立たなかったので、途中で戦闘には
参加させてもらえなかったからである。
これを日本戦車が優秀でソ連戦車を圧倒したので、日本戦車の被害が
少なかったかのように言うのは、どんなもんですかねー。
まるで、kimを見てるようです。
後日談
辻政信は、「まだ負けてない。負けたと思ったほうが負けたのだ」と
言い放ったそうですが、キチガイですね。
そして、
「こうなったら、満州中の速射砲を集めて・・」とも言ったそうだが、
まだやるつもりだったのである。
しかし、この言葉からは、
もう日本には速射砲しかソ連軍に対抗できる武器はなく、
ソ連戦車群は健在だったということが分かるのである。
これは メッセージ 16501 (may7idaho さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a4a4a4ha4a4a4h4z9qbeclga4xa5aba5a6a5sa5ha5c0a5a6a5sa1aa_1/16697.html