最新データを反映した大人のBT戦車論 2
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/04/25 10:41 投稿番号: [16614 / 73791]
1から続きます。
日本戦車が、米軍のM4シャーマンを多数撃破した話しもあるのですね(笑)。
>高速を生み出すクリスティーヌ式サスペンションは、高速性と走破性こそ高いものの旋回時の小回りや、振動安定性では決して高い性能を持つものではありませんし、ソ連戦車の車外視察能力の低さや、電波通信機材等のコミニュケーションシステムの不備は惨憺たる状況で情報入手を極めて困難にしているものでした。
なにしろこのような弱点は、名戦車として名高いT34中戦車ですら持っていたのです。
T34/76型は、車体正面ですらこの状況が多発し、T34/85型でも砲塔側面等で同様の事態が発生しました。このため、貫通力的に見るとKWK38中砲身50mm砲より劣る筈の(ドイツの)4号戦車や3号突撃砲のKWK37短砲身75mm砲が、T34中戦車相手にKWK38より有効との評価を受ける事もありました。
また、ノモンハン事変当時までのソ連戦車が使用していたガソリン式発動機は、簡単に炎上する事で有名で、歩兵に火炎瓶や手榴弾で機関部付近を攻撃されると装甲は破られなくとも簡単に火災を発してしまう代物でした。もちろん砲弾の爆風でも同様の効果がありました。
したがって機関部付近に手榴弾より炸薬量の多い戦車砲の榴弾を直撃させれば、充分に火災を誘発させる事が可能だと考えられるのです。
日本戦車の主砲弾を浴びたソ連戦車も様々な形で酷いことになる可能性が極めて高いと考えられるのです。
ソ連戦車には、射撃命中率の問題だけでなく、人間工学の無視と練度の低さにより初弾発射速度も含めた主砲発射速度が極めて遅い大問題があります。
実質的な発射速度は、2〜3発/分程度であることが多いのに加え、初弾発射速度の遅さに付いては定評があり、独ソ戦初期に装甲の薄いBT系列やT26戦車が、初弾発射速度と発射速度が共に速いドイツ軍戦車に先手を取られて、満足な射撃を行う前に次々と撃破される事態が多数記録されています。
これに対して日本軍戦車は、陸海軍を問わず日本軍の伝統とも言える練度だけは、桁違いに高く、加えて発射速度を維持するため砲弾の軽く小さい57mm短砲身砲や37㎜砲を選択していただけに、訓練ならば、ドイツ軍のⅣ号戦車に匹敵する6〜8発/分程度の速射が可能でした。
一例として豆鉄砲扱いの一式機動速射砲(47㎜砲:一式47㎜砲として九七式中戦車改や一式中戦車にも搭載)が、硫黄島戦や沖縄戦では地形や囮部隊との連携を駆使して米軍のM4シャーマン戦車を多数撃破していた。
それも二人用砲塔や一人用砲塔で可能としていた。
(75mm級の砲弾を発射する米独の戦車と比べて、扱いやすい小口径の軽量砲弾を使用と言った有利な差が有ります・・・また当然ながら実戦での発射速度は4発/分程度でしょう・・・それでも実戦でのⅣ号戦車に匹敵します)
この時期のソ連軍戦車の射撃は、その光学機器の性能やシステムとして見た場合の機械的完成度の低さに加えて、大粛正の影響により戦車兵の練度が低いこともあり、有効射程や命中率、発射速度の面で芳しくない。
日ソ戦車比較の結論
つまり、上記のように射撃の有効性等を考慮した両軍の各種条件を含めて推測すると基本的な交戦距離が500m程度に落ち着くのです。
そして、この距離でハードの比較をした場合、日ソ双方の戦車が共に装甲防御力が不十分な状態となります。確かに命中弾により致命傷を受ける可能性では、ソ連戦車が有利なものの、どちらも危ないと言う意味で、その差は小さく、そうすると先に相手に直撃弾を与え、加えて多数の直撃弾を与えられる方が有利になると考えられるのです。
ソ連崩壊による資料の公開
ソ連が崩壊して数年の月日が過ぎると、当時のソ連側の情報が公開されはじめ、先に取り上げたもの以外にも、私の考えていたことを裏付ける資料が日本でも次々と紹介されました。
詳細に付いては、各書籍を参照していただくのが一番なのですが、それまでの通説を覆す特徴的なものを簡単にまとめると以下の二件となります。
張鼓峰事件やノモンハン事変におけるソ連軍戦車の損害数は極めて多く、ノモンハンでは最低でも日本軍の3倍以上の数を失っている。加えて戦闘地域が最終的にソ連側占領地となっているため、回収再生(戦車とはそういうものです)されたものは、別にカウントされている事が多数あると考えられる。
この中には、歩兵の肉薄攻撃に破壊された物や、故障放棄された物も多いが、日本軍戦車による撃破も含まれていると考えられる。
張鼓峰事件やノモンハン事変でのソ連軍歩兵の損害は、実際には日本軍の数倍に達することが判明した。つまり歩兵戦術では日本軍が優位にあった。<
(終わり)
日本戦車が、米軍のM4シャーマンを多数撃破した話しもあるのですね(笑)。
>高速を生み出すクリスティーヌ式サスペンションは、高速性と走破性こそ高いものの旋回時の小回りや、振動安定性では決して高い性能を持つものではありませんし、ソ連戦車の車外視察能力の低さや、電波通信機材等のコミニュケーションシステムの不備は惨憺たる状況で情報入手を極めて困難にしているものでした。
なにしろこのような弱点は、名戦車として名高いT34中戦車ですら持っていたのです。
T34/76型は、車体正面ですらこの状況が多発し、T34/85型でも砲塔側面等で同様の事態が発生しました。このため、貫通力的に見るとKWK38中砲身50mm砲より劣る筈の(ドイツの)4号戦車や3号突撃砲のKWK37短砲身75mm砲が、T34中戦車相手にKWK38より有効との評価を受ける事もありました。
また、ノモンハン事変当時までのソ連戦車が使用していたガソリン式発動機は、簡単に炎上する事で有名で、歩兵に火炎瓶や手榴弾で機関部付近を攻撃されると装甲は破られなくとも簡単に火災を発してしまう代物でした。もちろん砲弾の爆風でも同様の効果がありました。
したがって機関部付近に手榴弾より炸薬量の多い戦車砲の榴弾を直撃させれば、充分に火災を誘発させる事が可能だと考えられるのです。
日本戦車の主砲弾を浴びたソ連戦車も様々な形で酷いことになる可能性が極めて高いと考えられるのです。
ソ連戦車には、射撃命中率の問題だけでなく、人間工学の無視と練度の低さにより初弾発射速度も含めた主砲発射速度が極めて遅い大問題があります。
実質的な発射速度は、2〜3発/分程度であることが多いのに加え、初弾発射速度の遅さに付いては定評があり、独ソ戦初期に装甲の薄いBT系列やT26戦車が、初弾発射速度と発射速度が共に速いドイツ軍戦車に先手を取られて、満足な射撃を行う前に次々と撃破される事態が多数記録されています。
これに対して日本軍戦車は、陸海軍を問わず日本軍の伝統とも言える練度だけは、桁違いに高く、加えて発射速度を維持するため砲弾の軽く小さい57mm短砲身砲や37㎜砲を選択していただけに、訓練ならば、ドイツ軍のⅣ号戦車に匹敵する6〜8発/分程度の速射が可能でした。
一例として豆鉄砲扱いの一式機動速射砲(47㎜砲:一式47㎜砲として九七式中戦車改や一式中戦車にも搭載)が、硫黄島戦や沖縄戦では地形や囮部隊との連携を駆使して米軍のM4シャーマン戦車を多数撃破していた。
それも二人用砲塔や一人用砲塔で可能としていた。
(75mm級の砲弾を発射する米独の戦車と比べて、扱いやすい小口径の軽量砲弾を使用と言った有利な差が有ります・・・また当然ながら実戦での発射速度は4発/分程度でしょう・・・それでも実戦でのⅣ号戦車に匹敵します)
この時期のソ連軍戦車の射撃は、その光学機器の性能やシステムとして見た場合の機械的完成度の低さに加えて、大粛正の影響により戦車兵の練度が低いこともあり、有効射程や命中率、発射速度の面で芳しくない。
日ソ戦車比較の結論
つまり、上記のように射撃の有効性等を考慮した両軍の各種条件を含めて推測すると基本的な交戦距離が500m程度に落ち着くのです。
そして、この距離でハードの比較をした場合、日ソ双方の戦車が共に装甲防御力が不十分な状態となります。確かに命中弾により致命傷を受ける可能性では、ソ連戦車が有利なものの、どちらも危ないと言う意味で、その差は小さく、そうすると先に相手に直撃弾を与え、加えて多数の直撃弾を与えられる方が有利になると考えられるのです。
ソ連崩壊による資料の公開
ソ連が崩壊して数年の月日が過ぎると、当時のソ連側の情報が公開されはじめ、先に取り上げたもの以外にも、私の考えていたことを裏付ける資料が日本でも次々と紹介されました。
詳細に付いては、各書籍を参照していただくのが一番なのですが、それまでの通説を覆す特徴的なものを簡単にまとめると以下の二件となります。
張鼓峰事件やノモンハン事変におけるソ連軍戦車の損害数は極めて多く、ノモンハンでは最低でも日本軍の3倍以上の数を失っている。加えて戦闘地域が最終的にソ連側占領地となっているため、回収再生(戦車とはそういうものです)されたものは、別にカウントされている事が多数あると考えられる。
この中には、歩兵の肉薄攻撃に破壊された物や、故障放棄された物も多いが、日本軍戦車による撃破も含まれていると考えられる。
張鼓峰事件やノモンハン事変でのソ連軍歩兵の損害は、実際には日本軍の数倍に達することが判明した。つまり歩兵戦術では日本軍が優位にあった。<
(終わり)
これは メッセージ 16613 (may7idaho さん)への返信です.