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アジアで、例外的に常に外向的だった日本

投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/04/21 10:54 投稿番号: [16362 / 73791]
イギリス人の歴史家でも、日本人のもつ良い点では、歴史的に常に外向的で、好奇心が強く、ものおじせずに相手の国、文化に溶け込んでいく点を挙げる人は多いですね。

タイで、最盛期数万人にも及んだ日本人街を築いた山田長政、彼の部下でマレーシアやインドネシアでも日本人街を築いた人々、或いは、フィリピンでも、既に1500年後半には5000人前後の日本人街。高山左近らも有名ですが、彼らはマカオでも日本人街を作り、教会建設等にも従事しています。

一方で、仙台藩の支倉常長らがスペイン、ローマに行き、王のみならず、法王にまで謁見。しかも、ヨーロッパとの交易だけでなく、むしろ、メキシコとの交易を望んでいたなど、その情報量と活動範囲の広さ、貿易センスの高さには、まったく、驚かされます。

タイとフィリピンの日本人達は、スペインのカンボジア、モルッカ遠征でも同行するなど、欧米の歴史家が驚くほど、外交的です。ロシアに関しても、高田屋嘉兵衛や大黒屋光太夫の活躍があり、16世紀から日本人は、誰に手を引かれるでもなく、極めて外交的で、欧米では、中世では、これほど外向的な民族は、スペイン、ポルトガルを除けば見当たらないとさえ評価されています。
無論、アジアではこういった活躍をしていた民族は他にありません。鎖国の間も薩摩藩等がうまくやって、外からの情報もそれなりに集めています。

その時代ごとに、頭でっかちにならず、常に現実を冷静にとらえ、現実に沿って解決、対処をしてきたからこそ、明治時代も同じ精神で乗り切り、極めて外向的な性格を一気に花開かせ、欧米に多数の人が積極的に出かけていき、今を築いたと言えます。
少なくとも、中世以降、これほど、外向的で現実的な民族は、アジアには他には見当たりません。

また、元寇を鎌倉幕府が、最初の使節を切って捨てて気概を示し、その後も見事に対処して二度の元寇を撃退、対馬も入ってきた外敵は撃退、明治に入ってからも、アジアでは、回数で見る限り、最も、イギリス、フランス、アメリカと事を構え、時に、藩ごとに戦火もまじえていますが、とことん戦う姿勢を示す武士達の武威故に、相手方がそれ以上の侵攻を断念しています。


どんな歴史書にも書かれている事ですが、南米の島嶼国を見るとよく分かりますが、
大陸に属さない島国ほど、たやすく侵攻されるところはありません。

アジアではフィリピンが、その好例です。

そんなたやすく攻略されやすい島嶼国でありながら、日本がずっと独立を保ったのは、武士をはじめとする日本人の外交センスの高さ、外向的な性格、武力には妥協しない断固とした姿勢でした。

事実に沿って、歴史に沿って、現実の日本を見ると、その外向的、現実的な姿に驚きますね。
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