goddagodo345さんと呉善花さんの言葉
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2007/04/20 20:17 投稿番号: [16328 / 73791]
>現代日本でもきっとそうでしょう。
日本の最先端の技術を支えてるのは、フツーのおじさんだったり、おばさんだったりしますから。<
ハイテクではないですが、色々な物作りの現場を中国で見ますと(昔の筆、机、酒、酢、焼き物等)、中国もそれなりに相通じるものは感じましたが・・・
他の点は、少し、呉善花さんと共通するお考えを感じました。
全体的に通じるのではとも思いますし、韓国人からはこう見えるのか?とも、興味深いのでは、と。
呉善花さんが研究し、なんとか日本の文化を理解しようと悪戦苦闘(韓国人にとって、日本人は、とても理解が難しい対象なんですよね。接して、色々と留学生等の質問を聞いていると、確かに「基本」となる民族、文化がまったく異なる事が理解できます。理解困難なのは、無理はないのですが・・・)した後に、書き纏められたものですが、なかなか考えさせられるところがあります。
御参考までに。
>「日本の基底に脈打つ未来性」 呉 善花
>止まることなく動き続けるダイナミズム
日本文化の最大の特徴は、常に止まることなく動き続け、積極的に外部と習合していき、そのことによって革新を果たしていこうとするダイナミズムにあると思います。
だから、中国やインド、地中海や中東なでで展開された古代文明のように、完成された文化として、いつしかその動きを止めてしまうことがありません。
日本で古代や中世に花開いた高度な精神文明の伝統が遺物としてではなく現在に生きているのは、そうした革新性をもったダイナミズムの働きがあるからだと思います。
私はそこに、日本が孕む世界的な可能性を感じるのです。
なぜなら、それは自然の中に生きる人間の足下から横へと広がっていった普遍性に源を発しているからです。
>日本人は「ありがとう」という言葉を頻繁に使います。
韓国人は「ありがとう」を滅多に使いません。
ある韓国人牧師は、「日本人は神様のように生きようとしている。なんと不遜な者達か」と言いました。
しかし、日本にいると、ほんの小さな物事に感謝したい気持ちが出てきます。
「おかげ」はどこからくるか。唯一絶対の神ではなく、「自然力の作用」だと思います。
日本人は神様のように生きようとしているのではなく、あらゆる他者性の中に自然の作用を感じて生きること、それを生活の理想としている、そういうべきではないでしょうか。
>日本人にとってあの世とこの世はそう遠くない。
これは日本人の生死観に関連するのですが、家にはご先祖を祀る仏壇があって、日常会話の中に「そんなことをしたら、亡くなったおばあちゃんが悲しむよ」とか出てくるでしょ。
韓国の場合ですと、死後の世界と現世は非常に遠くにあって、一年に一回帰ってくるという発想です。
これは日本の自然がとても豊かという風土からきていると思うのです。日本のあちこちに、ここは極楽ではないかと思える美しい自然がたくさんありますから。
>日本に来て私がついていけなかった最大の問題は言葉の使い方でした。
日本人は頻繁に受身形を使います。能動的な言い方になれている私は「先生に叱られた」「女房に死なれた」「彼女に振られた」という使い方にも違和感を覚えましたが、「泥棒に入られた」というのには本当に驚いてしまいました。
>これは意志伝達の問題を超えて、発想の問題に関わってきます。当初私は、受け身的な態度を取る日本人はなんて表面的で欺瞞的(ぎまんてき)なんだと思ったものです。
しかしこの受身形をよく見ていくと、自分にも落ち度があったと、あるいは相手への配慮が感じられるのです。
また、日本人が意識の中で主体に重点を置くのではなく、現実の場面、場所、実態に重点を置いていることの表れだと思えてきました。
現代日本人の受身志向の強さは、自他未分離の意識そのものではなく、分離していても分離しまいとする意識の働きの強さで、これは日本が西欧ともアジアとも異なる文化基盤をもっていることを如実に物語るものだと思われます。
そこに、アジア的な血縁主義に基づく排他的な利己主義の限界も超えた未来的な人間関係への可能性が秘められていると感じられるのです。
日本の最先端の技術を支えてるのは、フツーのおじさんだったり、おばさんだったりしますから。<
ハイテクではないですが、色々な物作りの現場を中国で見ますと(昔の筆、机、酒、酢、焼き物等)、中国もそれなりに相通じるものは感じましたが・・・
他の点は、少し、呉善花さんと共通するお考えを感じました。
全体的に通じるのではとも思いますし、韓国人からはこう見えるのか?とも、興味深いのでは、と。
呉善花さんが研究し、なんとか日本の文化を理解しようと悪戦苦闘(韓国人にとって、日本人は、とても理解が難しい対象なんですよね。接して、色々と留学生等の質問を聞いていると、確かに「基本」となる民族、文化がまったく異なる事が理解できます。理解困難なのは、無理はないのですが・・・)した後に、書き纏められたものですが、なかなか考えさせられるところがあります。
御参考までに。
>「日本の基底に脈打つ未来性」 呉 善花
>止まることなく動き続けるダイナミズム
日本文化の最大の特徴は、常に止まることなく動き続け、積極的に外部と習合していき、そのことによって革新を果たしていこうとするダイナミズムにあると思います。
だから、中国やインド、地中海や中東なでで展開された古代文明のように、完成された文化として、いつしかその動きを止めてしまうことがありません。
日本で古代や中世に花開いた高度な精神文明の伝統が遺物としてではなく現在に生きているのは、そうした革新性をもったダイナミズムの働きがあるからだと思います。
私はそこに、日本が孕む世界的な可能性を感じるのです。
なぜなら、それは自然の中に生きる人間の足下から横へと広がっていった普遍性に源を発しているからです。
>日本人は「ありがとう」という言葉を頻繁に使います。
韓国人は「ありがとう」を滅多に使いません。
ある韓国人牧師は、「日本人は神様のように生きようとしている。なんと不遜な者達か」と言いました。
しかし、日本にいると、ほんの小さな物事に感謝したい気持ちが出てきます。
「おかげ」はどこからくるか。唯一絶対の神ではなく、「自然力の作用」だと思います。
日本人は神様のように生きようとしているのではなく、あらゆる他者性の中に自然の作用を感じて生きること、それを生活の理想としている、そういうべきではないでしょうか。
>日本人にとってあの世とこの世はそう遠くない。
これは日本人の生死観に関連するのですが、家にはご先祖を祀る仏壇があって、日常会話の中に「そんなことをしたら、亡くなったおばあちゃんが悲しむよ」とか出てくるでしょ。
韓国の場合ですと、死後の世界と現世は非常に遠くにあって、一年に一回帰ってくるという発想です。
これは日本の自然がとても豊かという風土からきていると思うのです。日本のあちこちに、ここは極楽ではないかと思える美しい自然がたくさんありますから。
>日本に来て私がついていけなかった最大の問題は言葉の使い方でした。
日本人は頻繁に受身形を使います。能動的な言い方になれている私は「先生に叱られた」「女房に死なれた」「彼女に振られた」という使い方にも違和感を覚えましたが、「泥棒に入られた」というのには本当に驚いてしまいました。
>これは意志伝達の問題を超えて、発想の問題に関わってきます。当初私は、受け身的な態度を取る日本人はなんて表面的で欺瞞的(ぎまんてき)なんだと思ったものです。
しかしこの受身形をよく見ていくと、自分にも落ち度があったと、あるいは相手への配慮が感じられるのです。
また、日本人が意識の中で主体に重点を置くのではなく、現実の場面、場所、実態に重点を置いていることの表れだと思えてきました。
現代日本人の受身志向の強さは、自他未分離の意識そのものではなく、分離していても分離しまいとする意識の働きの強さで、これは日本が西欧ともアジアとも異なる文化基盤をもっていることを如実に物語るものだと思われます。
そこに、アジア的な血縁主義に基づく排他的な利己主義の限界も超えた未来的な人間関係への可能性が秘められていると感じられるのです。
これは メッセージ 16326 (goddagodo345 さん)への返信です.