日本は世界で最初に核の設計図を作れた
投稿者: fumittiposupemomo 投稿日時: 2007/04/02 20:04 投稿番号: [15744 / 73791]
湯川秀樹博士は、1934年に駐韓し理論を発表しています。と言うことは、その時点で、ウランと、ウラン濃縮用遠心分離器など機材が有れば、核爆弾も作れたと言うことです。それは、仁科博士理化学研究所で考えられました。小さいけれど、物理学に関して、最高の頭脳集団の研究所で、同じくノーベル物理学賞を取った朝永博士もそこの人間です。でも、そのエネルギー量から恐ろしさが分かるので、その研究所は軍などに対して、知らんぷりでした。
実は、父も、そこの研究室長をしていました(父は大したことない、慣性の法則を利用した飛行機の高度計の研究をしていましたが)中間子理論も良く理解していました。もちろんウランと、製造機材が有れば作れたんですが、昭和16年、結核で、研究所をやめています。米軍が、日本に上陸して、一番最初に査察に入ったのも仁科博士理化学研究所です。
これは メッセージ 15742 (may7idaho さん)への返信です.
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