Re: 金完燮「日本統治前は世界最悪の未開社
投稿者: jamingwithed 投稿日時: 2007/03/02 16:15 投稿番号: [13806 / 73791]
>韓国朝鮮料理に大量の唐辛子をぶち込むのはこの不衛生さに原因が有るのではないか。
>殺菌ですか? 食材の傷みや腐臭をごまかすためとか(笑)
世界を席巻するまでになった日本の寿司。特に刺身に至っては、衛生観念が相当に優れた国でなければ絶対にあり得ない。
冷蔵庫のない時代、数百年前から、この衛生観念のしっかりした、素材の味を生かした料理を完成させていたのが日本。
お造りも、冷蔵庫のない時代に、食材が新鮮であるということを証明するための方法であり、食品の衛生状態を明確にしようとする日本人の、食品、その他の全ての品質管理のさきがけでもあったと言える。
普通、生魚というのは、日持ちしないどころか、そのまま置いておくだけで、ものの数時間で雑菌がはびこり、変色、腐敗してしまう。
これほど管理の難しい食品を、冷蔵庫の全くない時代から管理してきたのが日本人。
日本人の衛生観念は、当たり前のことだが、すでに数百年前から朝鮮人とは別格だったのである。
それと反対に、不衛生極まりない朝鮮半島に、食材の素材を活かした料理が歴史的に存在し得なかったのも、これもまた当然の結果と言える。
秀吉の朝鮮出兵で、日本から半島に持ち込まれた唐辛子は、不衛生な朝鮮半島の食生活に、半島がどれほど不衛生でも、尋常ならざる量の唐辛子をぶち込みさえすれば、強力な殺菌効果で食品が腐敗するまでの時間を無理やり伸ばすことができるという恩恵を施したのである。
唐辛子の存在は、半島の衛生状態を改善せずとも、半島人に品質管理の観念がなくとも、強力な殺菌効果だけで、食品の寿命を長持ちさせるという、朝鮮半島の食生活はじまって以来の、一大革命をもたらしたのである。
半島の不衛生を改善するということに考えが及ばず、品質管理という意識さえ皆無の朝鮮人にとって、唐辛子は全くもっておあつらえ向きの食材であったと言える。
素材そのものを活かし、かつ素材そのものを活かすため衛生的かつ徹底的な品質管理を行うのが日本料理。
それに対し、大量の唐辛子や刺激臭で素材をぶち壊すのが韓国料理。
なぜ、韓国料理がそんなことをせねばならなかったか。
それは、朝鮮人が半島の不衛生かつ自分達の怠惰を改善しようとしなかったからである。
そして、この差は、そのまま、両国の、国のあり方、国民性等にも顕著に現れている。
素材という、物事の本質に重きをおき、それを保護しようとする日本に対し、歴史や顔の捏造、美容整形といった、素材を壊し、かつ自分好みの調味料を大量にぶち込み、ますます素材と程遠い別ものを作り上げることを伝統とする韓国。
素材そのものやそのものを維持するための品質管理に全く考えが及ばない朝鮮人の国民性は、産業、経済、歴史、国、国民に例外なく全てがつながっているように思える。
現実とかけ離れた、韓国の捏造や妄想は、素材のもとの姿を残さず、全く別ものに仕立て上げてしまうのが伝統の韓国料理であることに由来しているのではないか。
韓国の歴史は、素材の、もとの状態を一切キープしない、キムチを作るような感覚で作っているのだと思えば、案外、韓国人特有の、粉飾、捏造、美容整形などといった現象が理解しやすいかもしれない。
日本人が、白菜や大根を、野菜のもとの姿をもって白菜や大根と呼ぶべきだと言うのに対し、韓国人は、白菜キムチや大根キムチをもって、これは白菜ニダ、これは大根ニダ、間違ってないニダと言い張り、両者の溝が埋まることはない。
朝鮮人にすれば、白菜キムチ、大根キムチを、白菜ニダ、大根ニダと呼ぶのは、本気で嘘を言っているつもりでもないのだろう。
だが、韓国ふうに調理された料理が韓国料理でしかないのと同様、韓国ふうに調理された歴史は、韓国の言う歴史でしかなく、韓国料理の味の歴史を全世界が受け入れるかどうかは、また別であるということに気がついていないのも事実である。
確かに歴史というものは、その国なりの料理を施されたものであるという一面もある。だが、限度もある。
西欧料理、中華料理、韓国料理、その他、世界中の料理が入ってきた日本では、中華料理の調味料を入れたい人もいれば、唐辛子を大量に入れたい人もいるし、西欧のスパイス全種類を入れたい人もいるかもしれない。
だが、世界中の食材やスパイスをぶち込んだ、誰も食べれない意味不明の料理を作るのでなく、日本料理の真髄である素材を大事にした歴史観を、今こそ自信を持って考察してみるのもよいのではないだろうか。
>殺菌ですか? 食材の傷みや腐臭をごまかすためとか(笑)
世界を席巻するまでになった日本の寿司。特に刺身に至っては、衛生観念が相当に優れた国でなければ絶対にあり得ない。
冷蔵庫のない時代、数百年前から、この衛生観念のしっかりした、素材の味を生かした料理を完成させていたのが日本。
お造りも、冷蔵庫のない時代に、食材が新鮮であるということを証明するための方法であり、食品の衛生状態を明確にしようとする日本人の、食品、その他の全ての品質管理のさきがけでもあったと言える。
普通、生魚というのは、日持ちしないどころか、そのまま置いておくだけで、ものの数時間で雑菌がはびこり、変色、腐敗してしまう。
これほど管理の難しい食品を、冷蔵庫の全くない時代から管理してきたのが日本人。
日本人の衛生観念は、当たり前のことだが、すでに数百年前から朝鮮人とは別格だったのである。
それと反対に、不衛生極まりない朝鮮半島に、食材の素材を活かした料理が歴史的に存在し得なかったのも、これもまた当然の結果と言える。
秀吉の朝鮮出兵で、日本から半島に持ち込まれた唐辛子は、不衛生な朝鮮半島の食生活に、半島がどれほど不衛生でも、尋常ならざる量の唐辛子をぶち込みさえすれば、強力な殺菌効果で食品が腐敗するまでの時間を無理やり伸ばすことができるという恩恵を施したのである。
唐辛子の存在は、半島の衛生状態を改善せずとも、半島人に品質管理の観念がなくとも、強力な殺菌効果だけで、食品の寿命を長持ちさせるという、朝鮮半島の食生活はじまって以来の、一大革命をもたらしたのである。
半島の不衛生を改善するということに考えが及ばず、品質管理という意識さえ皆無の朝鮮人にとって、唐辛子は全くもっておあつらえ向きの食材であったと言える。
素材そのものを活かし、かつ素材そのものを活かすため衛生的かつ徹底的な品質管理を行うのが日本料理。
それに対し、大量の唐辛子や刺激臭で素材をぶち壊すのが韓国料理。
なぜ、韓国料理がそんなことをせねばならなかったか。
それは、朝鮮人が半島の不衛生かつ自分達の怠惰を改善しようとしなかったからである。
そして、この差は、そのまま、両国の、国のあり方、国民性等にも顕著に現れている。
素材という、物事の本質に重きをおき、それを保護しようとする日本に対し、歴史や顔の捏造、美容整形といった、素材を壊し、かつ自分好みの調味料を大量にぶち込み、ますます素材と程遠い別ものを作り上げることを伝統とする韓国。
素材そのものやそのものを維持するための品質管理に全く考えが及ばない朝鮮人の国民性は、産業、経済、歴史、国、国民に例外なく全てがつながっているように思える。
現実とかけ離れた、韓国の捏造や妄想は、素材のもとの姿を残さず、全く別ものに仕立て上げてしまうのが伝統の韓国料理であることに由来しているのではないか。
韓国の歴史は、素材の、もとの状態を一切キープしない、キムチを作るような感覚で作っているのだと思えば、案外、韓国人特有の、粉飾、捏造、美容整形などといった現象が理解しやすいかもしれない。
日本人が、白菜や大根を、野菜のもとの姿をもって白菜や大根と呼ぶべきだと言うのに対し、韓国人は、白菜キムチや大根キムチをもって、これは白菜ニダ、これは大根ニダ、間違ってないニダと言い張り、両者の溝が埋まることはない。
朝鮮人にすれば、白菜キムチ、大根キムチを、白菜ニダ、大根ニダと呼ぶのは、本気で嘘を言っているつもりでもないのだろう。
だが、韓国ふうに調理された料理が韓国料理でしかないのと同様、韓国ふうに調理された歴史は、韓国の言う歴史でしかなく、韓国料理の味の歴史を全世界が受け入れるかどうかは、また別であるということに気がついていないのも事実である。
確かに歴史というものは、その国なりの料理を施されたものであるという一面もある。だが、限度もある。
西欧料理、中華料理、韓国料理、その他、世界中の料理が入ってきた日本では、中華料理の調味料を入れたい人もいれば、唐辛子を大量に入れたい人もいるし、西欧のスパイス全種類を入れたい人もいるかもしれない。
だが、世界中の食材やスパイスをぶち込んだ、誰も食べれない意味不明の料理を作るのでなく、日本料理の真髄である素材を大事にした歴史観を、今こそ自信を持って考察してみるのもよいのではないだろうか。
これは メッセージ 13784 (run_run72 さん)への返信です.