Re: ★★★日本のヒーロー・ヒロイン★★★
投稿者: rie2376 投稿日時: 2009/03/07 12:08 投稿番号: [33 / 65]
忠敬が第一歩を踏み出してから三年後測量を
終えた忠敬は、地球の大きさの算出に取り
掛かった
計算によると約四万キロ
但しこれを証明するするのは困難であった
忠敬と至時は思案に暮れる
丁度その頃、オランダから天文に関する
書物が至時の手に入った
蘭学に明るい至時が
解読してみると地球の大きさは約四万キロ
忠敬の計算と一致していた
推歩先生、あなたの推量は正しかった
先生、総て先生のお陰です
二人は、手を取り合って喜んだ
忠敬にとって至時は、師であり良き友であった
その至時も四十六歳の若さで、病に倒れ息を
引き取る
忠敬の落胆は大きかった、毎朝のように
至時の墓に向かって手を合わせ、頭を垂れた
至時の死後七か月、忠敬は完成した東日本
測量図を幕府に献上する
江戸城大広間で、披露されたその地図に
誰もが息を呑んだ、壮大かつ緻密、地名が
びっしり書き込まれ居並ぶ老中達も
感嘆の声を挙げた
十一代将軍、徳川家斉も同様であった
伊能忠敬、大儀である
我が日ノ本の姿
斯くの如しとは
その方を西国に使わす
日ノ本総てを
描いて参れ
ははー、仰せの如く
こうして忠敬の西国への旅が始まった
それはもはや個人的な物から、国家事業と
なったのである
再び測量の旅に出てから十一年、忠敬は
江戸に戻り地図の完成に没頭していた
しかし多年の無理が祟ったのか、文政元年四月
病を得てその生涯に幕を閉じた
(享年七十四歳)
忠敬の死は伏せられ、弟子達が地図の
完成に励んだ、あくまで師忠敬の仕事である
という彼等の想いであった
文政四年七月、大日本沿海興地全図は完成し
幕府に献上される、伊能家はこの功績により
帯刀を許され、武家並みの扱いを受ける
ようになった
忠敬の作った地図は、今の衛星を利用した
最新の物と変わりがなく、精巧なものであった
幕末、明治と時代が変わり、日本は近代国家へと
突き進む
この時、忠敬の地図が重要な役割を
果たす事になる
鉄道、道路網の整備、近代国家への水先案内人と
なった
伊能忠敬、心の中に流れていたのは少年の
頃の夢
輝く夜空の星、天空の不思議
忠敬の生涯は、子供の頃の夢を成し遂げ
後世に多大な貢献を残した、栄光の生涯だったと
言えるかも知れない
これは メッセージ 32 (rie2376 さん)への返信です.
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