続・平和を希求する者の責任(上)
投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2003/04/08 14:36 投稿番号: [983 / 8733]
loveandpeacefortheearthさん、はじめましてかな。etrangerと申します。
まずお断りさせていただきたいのですが、これから私が書くことは貴方には辛辣に聞こえるかもしれません。しかし、私はこの戦争を容認しているわけではなく、むしろ力の支配に拠らない「法の支配」の確立を目指して活動している貴方と同じ平和を希求する者の一人です。その前提のもとに、以下の私の意見をお読みください。
>始めなくてもいい戦争を始めた罪は重く、国際裁判にかけられるのが当然だと考えます。
この考えにはまず機能アプローチで対応させていただきます。
戦争を始め"させた"罪は国際社会にもあり、またその国際社会に平和維持の役割を信任されているのが国連安保理です。その国連安保理が機能停止に陥って戦争がついに始まってしまった。管理責任を問われるべきなのは国連安保理システムそのものですよ。そして現行の国際司法体制では、安保理以外に国連憲章違反を裁ける機構は存在しないのです。したがって、貴方が求めている国際裁判そのものが安保理によって設置される必要があるため、機能停止に陥っている安保理にその役割を果たすことはできません。
それでは国際司法上はどうでしょうか。国連憲章は個別または集団自衛権の発動と安保理決議により容認された武力行使という形でしか、戦争行為を認めていません。したがって、今回の安保理決議を無視(正確には実は無視ではありません)いや無効化した今回の米英の攻撃開始は、明白な国連憲章違反であり、本来なら前述したように安保理によって裁かれなければならない問題です。しかし、現存する唯一の国際慣習法といえる国連憲章は、憲章違反が起きた際の裁断を安保理のみに委ねています。つまり、明確な罰則規定が存在せず、安保理によってその都度対応が決められてきたわけです。ここに国連憲章の致命的な欠点があります。絶対的な法の強制力がないのです。つまり国連の集団安全保障システムは、有効な絶対的な強制力となる「法」をバックボーンに持たないひどく不完全な法体系から成り立っているわけです。
そこに、米英のような力のある者がつけいるスキがあるというわけなのです。
>反対の声をあげる者が誰もいないと、アメリカの暴走は止まりません。
その反対の声は具体的かつ説得力のあるものでなければなりません。
国際法廷が必要だというのならば、それがどのようにして発足するべきで責任はどこに所在するのか、国際市民はどのような役割を果たすかなど、具体的な実現可能な計画を同時に提唱するべきでしょう。「反対の声」をあげるだけで、一体何が解決するというのでしょうか。それが平和を希求する者ができることの関の山なんでしょうか。私は違うと思います。「反対の声」をあげ、存在もしない国際法廷での裁判を求めて、結局そのための現実的なプロセスはどこに任せるんですか?自国政府のイニシアチブですか?それとも国連の?それとも米英の有志国連合に対抗する「法の正義連合」ですか?現実を見つめてください。国連に何ができますか?国連にできることとできないことは何ですか?それを考えた上で、すべてを機能不全な国連任せにしようと考えていますか?
⊿etranger(つづく)
まずお断りさせていただきたいのですが、これから私が書くことは貴方には辛辣に聞こえるかもしれません。しかし、私はこの戦争を容認しているわけではなく、むしろ力の支配に拠らない「法の支配」の確立を目指して活動している貴方と同じ平和を希求する者の一人です。その前提のもとに、以下の私の意見をお読みください。
>始めなくてもいい戦争を始めた罪は重く、国際裁判にかけられるのが当然だと考えます。
この考えにはまず機能アプローチで対応させていただきます。
戦争を始め"させた"罪は国際社会にもあり、またその国際社会に平和維持の役割を信任されているのが国連安保理です。その国連安保理が機能停止に陥って戦争がついに始まってしまった。管理責任を問われるべきなのは国連安保理システムそのものですよ。そして現行の国際司法体制では、安保理以外に国連憲章違反を裁ける機構は存在しないのです。したがって、貴方が求めている国際裁判そのものが安保理によって設置される必要があるため、機能停止に陥っている安保理にその役割を果たすことはできません。
それでは国際司法上はどうでしょうか。国連憲章は個別または集団自衛権の発動と安保理決議により容認された武力行使という形でしか、戦争行為を認めていません。したがって、今回の安保理決議を無視(正確には実は無視ではありません)いや無効化した今回の米英の攻撃開始は、明白な国連憲章違反であり、本来なら前述したように安保理によって裁かれなければならない問題です。しかし、現存する唯一の国際慣習法といえる国連憲章は、憲章違反が起きた際の裁断を安保理のみに委ねています。つまり、明確な罰則規定が存在せず、安保理によってその都度対応が決められてきたわけです。ここに国連憲章の致命的な欠点があります。絶対的な法の強制力がないのです。つまり国連の集団安全保障システムは、有効な絶対的な強制力となる「法」をバックボーンに持たないひどく不完全な法体系から成り立っているわけです。
そこに、米英のような力のある者がつけいるスキがあるというわけなのです。
>反対の声をあげる者が誰もいないと、アメリカの暴走は止まりません。
その反対の声は具体的かつ説得力のあるものでなければなりません。
国際法廷が必要だというのならば、それがどのようにして発足するべきで責任はどこに所在するのか、国際市民はどのような役割を果たすかなど、具体的な実現可能な計画を同時に提唱するべきでしょう。「反対の声」をあげるだけで、一体何が解決するというのでしょうか。それが平和を希求する者ができることの関の山なんでしょうか。私は違うと思います。「反対の声」をあげ、存在もしない国際法廷での裁判を求めて、結局そのための現実的なプロセスはどこに任せるんですか?自国政府のイニシアチブですか?それとも国連の?それとも米英の有志国連合に対抗する「法の正義連合」ですか?現実を見つめてください。国連に何ができますか?国連にできることとできないことは何ですか?それを考えた上で、すべてを機能不全な国連任せにしようと考えていますか?
⊿etranger(つづく)
これは メッセージ 970 (loveandpeacefortheearth さん)への返信です.
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