宗哲、地獄論の無い天国論は障害者
投稿者: tairyoukusokusounkojiken13 投稿日時: 2009/01/24 22:40 投稿番号: [7732 / 8733]
俺は、地獄論が無い天国論、即ち、あの世論は、、、、コインの表にはマークが刻まれているが、裏はノッペラボウであると、思っている。
地獄論が無い天国論、、即ちあの世論は、、、、表には紙幣が印刷されているが、、裏は、ただの白紙にしか過ぎない、と、判断している。 即ち、意味がない。
さ、、少し、まじめに書くぞ。 俺は、テンゲシロウの、本を、5冊程度しか読んでいないので、、、まだ、テンゲシロウに、意見を言うのは、早いかもしれないが、、、、、少しは意見を言いたい。 テンゲシロウは、瞑想と、学問により、あの世のことを一生懸命理性的学問的にに研究しているが、、、、自己の瞑想の経験を科学的に研究して観察をするが、所詮自己の経験であって、その中の井の中の蛙であり、やっぱり、専門家が細かく深く追求する罠により、、また新しい仮説を作りたいという罠によって、俺が、思っている、あの世論と違う事を言っている。
俺の発想の仕方は、、まず、神への信仰心が有る。
なので、、神とは、、、慈愛であり、慈悲であり、強であり、歴史を創りながら善導するものであり反省させる者であり、善であり愛であり真理であり、義であり、道徳であり、美であり、、何しろ全ての良いものを含めた、人々をよりよく導く段階的な教育者であり、 また、正しく人や社会を裁く裁判官であり 、、、、、ようは、正しい結果を作る、、構築する、ルールシステムが、、でも、それを私達人間では、なかなか解らないが、、、、、、、何しろ、あの世とこの世と転生輪廻を考察した上で、、人類が、個人においても全体においても、、正しく育つ事を、、ルールシステムしていると思っている。
だから、船井も、テンゲも、、俺は、この視点なので、批判が出きる。
テンゲシロウは、、書籍で、、、ユングの潜在的無意識に影響されすぎなの、、また、手塚治虫のファンなので、、手塚の名作の「ブッタ」俺の読んでいるが、、、、、「人は、死んだら、、、あの世の神の世界のような魂に導かれて、一体化して、、、、また、生まれ変わる」 こう、テンゲは主張している。 これは、仏教の思想に反する。
いいか!、人は、人生の責任が、生きているときにできなかった事は、あの世でと生まれ変わりにおいて、カルマとして受け入れて、、そう地獄に落ちたり、生まれ変わっても不幸にあったりしながら、、また天国論の良いカルマもあり、、、個人の魂が、永遠に存続していて、、、、個人の魂は自己責任と全体責任の中で、そのカルマを良いカルマ悪いカルマも造り、またカルマを改築しながらも、永遠に形を変えながら、あの世とこの世で、生まれ変わりの連続をしている、、、ってのが、仏教や、初期のキリスト教や、、マトモな宗教の、解釈だ。 ただ、あの世の研究は、仏教が、かなり長けているだけだ。 用は、あの世でも、個人の魂が、確実に存在している、、、、でないと幽霊や生まれ変わりのカルマは証明できない。
テンゲは、ユングの潜在的無意識と、大好きな手塚の漫画に影響されて、、また、科学者てきで有りたいので、、、伝統を破壊する事を言っていて、それは親ンぽ出はなく、破壊であり、、ようは、人々の心や人生観を低くする事、、を、その仮説を言ってしまっている。
言いか、俺の仮説は、、「人々や、社会や、地球を、より良くするルールシステム=あの世と、この世の、複雑で長期的でも有る複合的な法則」これが、神の法則。 この、テーゼから、外れる、あの世の科学者や、哲学者や宗教家は、 俺は、、、間違った、似非進歩的ユダヤ人という!
実は、 全てが、正しい、、これを、証明するのが、、、真実の科学者。 まず、正しい答えがあって、それに向かって、論理を構築するって言う、俺の考え方は、神への信仰心が土台です。
ただ、その、神ってのが、俺は、解らないが、、、俺が考えるヒントは、伝統や、自然に出来た中で正しいと思える習慣ゃ、慣習だ。 また、宗教と重なる道徳だ。
たとえば、地球が平面か、また、その他か、、それとも球かで、もめていた時代が西洋であったが、、 子供は、「水平線は、少し円のように広がっている、、で、船は、水平線に向かうまで遠くに行くと、船の下のほうから少しづつしづんでいく、、なので、、、もしかしたら、地球は、球型の形をしているんじゃないの?」、、こう、言うかもしれない。
地獄論が無い天国論、、即ちあの世論は、、、、表には紙幣が印刷されているが、、裏は、ただの白紙にしか過ぎない、と、判断している。 即ち、意味がない。
さ、、少し、まじめに書くぞ。 俺は、テンゲシロウの、本を、5冊程度しか読んでいないので、、、まだ、テンゲシロウに、意見を言うのは、早いかもしれないが、、、、、少しは意見を言いたい。 テンゲシロウは、瞑想と、学問により、あの世のことを一生懸命理性的学問的にに研究しているが、、、、自己の瞑想の経験を科学的に研究して観察をするが、所詮自己の経験であって、その中の井の中の蛙であり、やっぱり、専門家が細かく深く追求する罠により、、また新しい仮説を作りたいという罠によって、俺が、思っている、あの世論と違う事を言っている。
俺の発想の仕方は、、まず、神への信仰心が有る。
なので、、神とは、、、慈愛であり、慈悲であり、強であり、歴史を創りながら善導するものであり反省させる者であり、善であり愛であり真理であり、義であり、道徳であり、美であり、、何しろ全ての良いものを含めた、人々をよりよく導く段階的な教育者であり、 また、正しく人や社会を裁く裁判官であり 、、、、、ようは、正しい結果を作る、、構築する、ルールシステムが、、でも、それを私達人間では、なかなか解らないが、、、、、、、何しろ、あの世とこの世と転生輪廻を考察した上で、、人類が、個人においても全体においても、、正しく育つ事を、、ルールシステムしていると思っている。
だから、船井も、テンゲも、、俺は、この視点なので、批判が出きる。
テンゲシロウは、、書籍で、、、ユングの潜在的無意識に影響されすぎなの、、また、手塚治虫のファンなので、、手塚の名作の「ブッタ」俺の読んでいるが、、、、、「人は、死んだら、、、あの世の神の世界のような魂に導かれて、一体化して、、、、また、生まれ変わる」 こう、テンゲは主張している。 これは、仏教の思想に反する。
いいか!、人は、人生の責任が、生きているときにできなかった事は、あの世でと生まれ変わりにおいて、カルマとして受け入れて、、そう地獄に落ちたり、生まれ変わっても不幸にあったりしながら、、また天国論の良いカルマもあり、、、個人の魂が、永遠に存続していて、、、、個人の魂は自己責任と全体責任の中で、そのカルマを良いカルマ悪いカルマも造り、またカルマを改築しながらも、永遠に形を変えながら、あの世とこの世で、生まれ変わりの連続をしている、、、ってのが、仏教や、初期のキリスト教や、、マトモな宗教の、解釈だ。 ただ、あの世の研究は、仏教が、かなり長けているだけだ。 用は、あの世でも、個人の魂が、確実に存在している、、、、でないと幽霊や生まれ変わりのカルマは証明できない。
テンゲは、ユングの潜在的無意識と、大好きな手塚の漫画に影響されて、、また、科学者てきで有りたいので、、、伝統を破壊する事を言っていて、それは親ンぽ出はなく、破壊であり、、ようは、人々の心や人生観を低くする事、、を、その仮説を言ってしまっている。
言いか、俺の仮説は、、「人々や、社会や、地球を、より良くするルールシステム=あの世と、この世の、複雑で長期的でも有る複合的な法則」これが、神の法則。 この、テーゼから、外れる、あの世の科学者や、哲学者や宗教家は、 俺は、、、間違った、似非進歩的ユダヤ人という!
実は、 全てが、正しい、、これを、証明するのが、、、真実の科学者。 まず、正しい答えがあって、それに向かって、論理を構築するって言う、俺の考え方は、神への信仰心が土台です。
ただ、その、神ってのが、俺は、解らないが、、、俺が考えるヒントは、伝統や、自然に出来た中で正しいと思える習慣ゃ、慣習だ。 また、宗教と重なる道徳だ。
たとえば、地球が平面か、また、その他か、、それとも球かで、もめていた時代が西洋であったが、、 子供は、「水平線は、少し円のように広がっている、、で、船は、水平線に向かうまで遠くに行くと、船の下のほうから少しづつしづんでいく、、なので、、、もしかしたら、地球は、球型の形をしているんじゃないの?」、、こう、言うかもしれない。
これは メッセージ 7713 (tairyoukusokusounkojiken13 さん)への返信です.
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