R宗哲、「花鳥風月」ポップフィロソフー
投稿者: hatiwandiver81diver13 投稿日時: 2008/01/25 22:32 投稿番号: [6818 / 8733]
気分よく寝たいので、此処に書き込む。
たぶん、たぶんでしか過ぎないが、、私の感覚では「花鳥風月」は、、シナの言葉ではなく、、日本で作られた言葉だ。
もしも、シナで作られたものであったとしても、「花鳥風月」は、日本において、正常な市民において浸透した言葉だと思います。
たぶん、江戸時代に作られた言葉だと思います。
この世で、美しく雅で綺麗なもので風流なものを、4つに絞った場合、、、日本人の江戸人は「花鳥風月」と、4つに絞り込んだのです。
で、何で、これは、シナの文化ではなくって、、またインド経由の文化でもなくって、、江戸人のオリジナルと、感覚的に判断したかは、、、、、、、、、「風」というものを、この世で美しく雅なものの4つに絞り込んだ中で、入れているからです。
花と鳥は、品の文化の中でも、美しい物に入りやすいが、、月は、、日本ほど、月にかかわる物語や、月のかかわる俳句が多い国家はないし、、、まあ、それでも、シナ人が「月」を、、このひょで美しいもので雅なものに、月。を入れる可能性は、多少あるが、、「風」は、シナ人の感覚で、美しく雅で、もののあわれ、を感じさせるものに、4つの中には、入れないと、思いました。
例えば、桜の花びらを、俳句にする人は、多いですが、、実際は、桜の花びらを題材にして、、風を、歌っている場合が多いです。
日本人は「風」を、花や鳥のように、三次元的な物体として捉える傾向性があります。
また、風を、、細かに観察して、いろいろな表現方法を、色々に駆使しています。
西洋やシナでは、風を、美しいものではなく、厳しく汚いものとして、表現する事も、有ります。
たぶん、ですが絶対に。
日本人は、良くとも、悪くとも、、、風を、実物の存在として、風を観るのでしょう。
なんか、「花鳥風月」って、看板を見たとき、、あ〜〜、これは江戸時代の文化の華と、思いました。
風を、花や鳥や、月と、同じように捕らえているからです。
江戸文化は、どれも、季節感を大切にして、、それぞれの季節を楽しもうとしていますので、、季節を感じさせるものの肌の感覚は、、ただたんに気温ではなく、季節の中で流れる風、その季節の中の風景を動かし肌で感じさせ見せているのは、その風景と季節の中の風、。
江戸時代には、在日は日本にいなかったし、、、、、。
何はともあれ、江戸時代を、取り戻したいね。
武の文の共生の江戸時代を!!!!!!!!。
これは メッセージ 6809 (hatiwandiver81diver13 さん)への返信です.
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