悪意と理論の結合こそが危険。
投稿者: fundosinonioi666564 投稿日時: 2005/03/02 21:19 投稿番号: [3533 / 8733]
人類を歴史的に見ると、悪意と論理の結合が、一番えげつない事を計画的にやっている。
悪意とは悪の意志、それは、
自らの民族だけを、神の選民という事にしたいという感情から、他の民族を低能だの下等だのと決めつける悪意。
我々は世界を支配したいという事で、我々は世界を支配し管理する価値がアルト決めつめる、馬鹿な屁理屈さえ信じようとする悪意。
テロ.暗殺.脅し.捏ち上げ..、嘘という名の罠、、等も.立派な手段という事で使っても構わないという事で罪の意識に麻酔を掛けたがる悪意。
バックボーンが悪意なのに知性と専門科の仮面を被った、論理、。
カルト性宗教の屁理屈、経済グローバル主義という屁理屈、民主主義が至上命題
って.信仰する為のイデオロギーの屁理屈。(民主主義の仮面を被った、資本主義。民主主義では無く資本主義。
資本家による政治マスコミのコントロール支配。)
悪意と論理の結合が、悪のパワーになっている。
例えば
共産主義は、金持への嫉妬心が根底にあって、金持を無くしてしまえ!金持を絶滅させろ!
そのような感情があった。
その感性と、似非ユートピア思想.似非経済学という論理が結合して、民主を革命に動かす、パワーとなった。
知的な仮面を被った革命思想は、間違った知識と間違った論理が感情に非を付け、マトモな道徳感を破壊してしまう力が有る。
自然に出来た、道徳感は叡智である事が、非常に多いので、捨ててはいけなかった。
これは メッセージ 3532 (fundosinonioi666564 さん)への返信です.
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