関心の表われ方
投稿者: anywhere_we_want_to_go 投稿日時: 2004/01/22 01:54 投稿番号: [2589 / 8733]
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>>提案に関係する議論・賛成・反対・批判・評価否・罵倒してくださる方が、
>>益々増えてくださるといいですね。
>内容をしっかり把握して、ちゃんとした議論する気があれば、反対・批判も構わないけれど、
>罵倒の方はあまり欲しくはないね。あなたはたまにちょこちょこと訳の判らないことを言うね。
そうですね。
このような環境ですから、ちょこちょこ出ますね。
「反響がある」ということは、
無関心ではない、なんらかの「関心がある」というシグナルならば、
さまざまな意思表示のある反響の中の、
おそらくは、「罵倒」も、その「表われ方」のひとつなのでしょうか
と、同時に、その裏側には、
ご本人にも明快にいい表せない「本音」があるものの、うまく伝えられず
「罵倒」という「表わし方」以外に手立てがなかった。ということなのでしょうか
「罵倒」にかわり、より心地よく明快に「本音」を伝えられる手段があるなら、
「罵倒」の裏側にひそむ、もっと伝えたかったかもしれないことが、
もしかしたら、議論の核心へとつながってゆける原石を持っているかもしれません。
あらぬ着目点・発想・暗黙知を潜ませているかもしれません。
もともと「関心がある」というところから始まったエネルギーは「罵倒」も含めて、
このトピであれば、
より、
平和について共に考えるものとして
あるいは、
お互いが共存してゆけるものとして
おしなべて「活かされる」ものとして「流れ」を創ってゆける可能性もあるでしょうか。
「罵倒」によって相手が苦しみ、なによりも自分自身が苦しむのであれば、
遅かれ早かれ、それ以外の選択の道が求めてられてゆくのでしょうか
おそらくは、いいたいことがより心地よく伝えられてゆくことで
「罵倒」という手段にうったえる必要そのものが、徐々になくなってゆくでしょうか…
tmiya1960さんの立場にあって、
ここでの「罵倒」の意味することと
「テロ」の意味していることとに共通する要素はありますでしょうか。
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これは メッセージ 2588 (anywhere_we_want_to_go さん)への返信です.
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