〆 しあわせはここに…
投稿者: anywhere_you_want_to_go 投稿日時: 2003/04/12 19:20 投稿番号: [1201 / 8733]
evanstoneey さま
keserasera60jp さま
はじめまして。
・太平洋戦争の終戦時
・バブルの崩壊とその後の不況は第二の敗戦
・イラク問題による、反米世論の第三の敗戦
この圧倒的な「影響力」という
アメリカ主導の現実の前には、
単に「アメリカ憎し」の「反戦・平和」
「対立的」な姿勢での
声を張り上げでは、
いかなる「影響力」も無力であるのかもしれない。
・「力の行使」には、
あるいは別の側面から
接してゆく必要があるのではないか?
それは
「平和の切望」であり、そのための謙虚さであるのではないか?
・イラクの復興について「平和的」貢献を議論しながら、
と同時に、「アメリカ主導」の新秩序の前では、
日本の果たすことのできる選択の自由には限度があるのかもしれない。
・イラクの復興のプロセスの中から
自分たちの選択可能な範囲において、
より自分たちの望む
実現可能な「平和像」について
しっかり議論してゆく必要があるということなのだろうか?
・国や人種にとらわれず、どこにでも学ぶべきもの・取り入れるものはあり
どこでも「対立」しようと思えば、その素材はゴロゴロしており
そこになにを見出してゆくのか?は、ひとりひとりの問題なのかもしれない。
・掲示板の発言は、「力の行使」に対しては無力・雑音であった
と同時に
このように主体的に議論した者同士にとっては
かけがえのない意見であり「有益」であったのかもしれない。
「力の行使」がどこにあろうとも
主体性は
「わたし」
というそれぞれの人生において
そのひとつひとつは意義のあることなのかもしれない。
…
ということを意味するものなのでしょうか?
これは メッセージ 1191 (keserasera60jp さん)への返信です.
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