なるほど…
投稿者: anywhere_you_want_to_go 投稿日時: 2003/04/12 02:58 投稿番号: [1178 / 8733]
sf2xmania さま
書き込み下さり、こちらこそ理解力不足にもかかわらず、
ご説明くださりありがとうございます。
その一方で、せっかくの、「(実現可能な!?)☆世界平和を願うトピ☆ 」です…
できることなら sf2xmania さんの 意見を なるべく誤解なく認識
させていただきたく考えております。
こちらが、誤解しているところは、もう少し、お伝えくださったら 幸いに思います。
お気が向いたらということで…
………………………………………………………………………
「対立」 するものには、
弱体化を図るため
けっして小さいものではない 国際連合・国際社会の
力の行使を伴わない「影響力」 によって、
問題解決できるにこしたことはない。
しかし、国際連合・国際社会の
力の行使を伴わない「影響力」を、
はねつけることのできる国 【 イラク ・ 北朝鮮 】 に限っていえば、
力の行使を伴わない「影響力」では 問題解決はできないので「無力」に等しい。
その点で、国際連合・国際社会の
力の行使を伴わない「影響力」より、
物理的な「力の行使」は、さら「影響力」があり
効率的で、効果的で、合理的で、
問題解決に 非常に 有効な手段である。
………………………………………………………………………
国際連合・国際社会の「影響力」を、
はねつけることのできる国 【 米国 】 に限っていえば、
問題解決できない 国際連合・国際社会の「影響力」は無力に等しい。
その点で、国際連合・国際社会の「影響力」 より
物理的な 米国の「力の行使」は、「影響力」がある
効率的で、効果的で、合理的で、
問題解決に 非常に 有効な手段である。
………………………………………………………………………
現実は そういう考えが実在し
国際連合・国際社会の「影響力」に左右されない
「力の行使」による非常に大きな「影響力/脅威」が 存在している。
………………………………………………………………………
その一方で、
物理的な「力の行使」の前に、「無力」に等しいはずの「影響力」
(反戦デモ・TV・新聞)で、
反戦デモの側を重視しクローズアップすることは、危険なことなのではないか?
いざという時の、
「力の行使」による大きな「影響力/脅威」の対策について、
現実的に議論すること自体を 否定してしまうのだとしたら、
それはとても危険なことなのではないか?
反戦を唱えるのと同時に、
物理的な「力の行使」という「影響力/脅威」も存在することを認知し包括した、
実現可能な「平和」のあるべき姿を議論しなくては、
中身の伴わないものになるのではないか?
書き込みくださったことは、
こういう風に受け取っても、よろしいものでしょうか?
こちらが、誤解しているところは、どうぞご指摘くださいませ。
書き込み下さり、こちらこそ理解力不足にもかかわらず、
ご説明くださりありがとうございます。
その一方で、せっかくの、「(実現可能な!?)☆世界平和を願うトピ☆ 」です…
できることなら sf2xmania さんの 意見を なるべく誤解なく認識
させていただきたく考えております。
こちらが、誤解しているところは、もう少し、お伝えくださったら 幸いに思います。
お気が向いたらということで…
………………………………………………………………………
「対立」 するものには、
弱体化を図るため
けっして小さいものではない 国際連合・国際社会の
力の行使を伴わない「影響力」 によって、
問題解決できるにこしたことはない。
しかし、国際連合・国際社会の
力の行使を伴わない「影響力」を、
はねつけることのできる国 【 イラク ・ 北朝鮮 】 に限っていえば、
力の行使を伴わない「影響力」では 問題解決はできないので「無力」に等しい。
その点で、国際連合・国際社会の
力の行使を伴わない「影響力」より、
物理的な「力の行使」は、さら「影響力」があり
効率的で、効果的で、合理的で、
問題解決に 非常に 有効な手段である。
………………………………………………………………………
国際連合・国際社会の「影響力」を、
はねつけることのできる国 【 米国 】 に限っていえば、
問題解決できない 国際連合・国際社会の「影響力」は無力に等しい。
その点で、国際連合・国際社会の「影響力」 より
物理的な 米国の「力の行使」は、「影響力」がある
効率的で、効果的で、合理的で、
問題解決に 非常に 有効な手段である。
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現実は そういう考えが実在し
国際連合・国際社会の「影響力」に左右されない
「力の行使」による非常に大きな「影響力/脅威」が 存在している。
………………………………………………………………………
その一方で、
物理的な「力の行使」の前に、「無力」に等しいはずの「影響力」
(反戦デモ・TV・新聞)で、
反戦デモの側を重視しクローズアップすることは、危険なことなのではないか?
いざという時の、
「力の行使」による大きな「影響力/脅威」の対策について、
現実的に議論すること自体を 否定してしまうのだとしたら、
それはとても危険なことなのではないか?
反戦を唱えるのと同時に、
物理的な「力の行使」という「影響力/脅威」も存在することを認知し包括した、
実現可能な「平和」のあるべき姿を議論しなくては、
中身の伴わないものになるのではないか?
書き込みくださったことは、
こういう風に受け取っても、よろしいものでしょうか?
こちらが、誤解しているところは、どうぞご指摘くださいませ。
これは メッセージ 1139 (sf2xmania さん)への返信です.
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