「百年の後の名を期せ」
投稿者: kotori730 投稿日時: 2005/05/31 11:02 投稿番号: [9979 / 17759]
○首相の参拝、祖父思い心中複雑
東条由布子・東条英機元首相の孫、NPO法人理事
毎年、夏が近づくと、私は心中複雑です。世間の関心が靖国さまに集中しますので。今年は小泉総理が参拝するとおっしゃったため、例年以上に関心が寄せられています。祖父・英機がご祭神から除かれれば対外関係がスムーズに行き、総理も参拝できるのなら、祖父もそれを「良し」とするのでは、と考えることもあります。
靖国さまには平成4年から毎年8月15日に伺っております。『祖父東條英機「一切語るなかれ」』(現在は文春文庫)という本を書いたのを機に伺い始めました。いつも私一人でしたが、昨年は末娘が「私も」と言うので、思わず「本当?」と聞き返してしまいました。
「絶対に言い訳はするな」との祖父の遺言にたがう形でだれにも相談せずに本を書いたため、兄や叔父叔母をひどく怒らせましたが、以来、お参りしようと決めました。
輝雄叔父(英機次男、元三菱自動車社長)らは、私の浅はかな記述が「日本国内に対する全責任は自分にある」と東京裁判で述べた祖父の信念を貶(おとし)め、ひいては陛下や戦争関係者、ご遺族に累が及ぶことを懸念したのかもしれません。お茶箱にいっぱい読者のお手紙をいただきましたが、祖父の知人からも届き、うれしゅうございました。
A級戦犯合祀の件は、いわゆるA級戦犯14人の方々すべてが問題なのではなく、祖父が問題なのだと思っています。中国の首脳が自民党幹事長に「東条を除けば、靖国神社のことは問題にしない」と言ったとも聞きました。
中曽根内閣時代に、板垣様(征四郎・元中国派遣軍総参謀長、元陸相=A級戦犯として絞首刑)のご遺族から、刑死7遺族の自発的な合祀取り下げの働きかけがありましたが、東条の方から願い出ることはないと輝雄叔父は答えたそうです。靖国さまの松平永芳宮司(福井藩主・松平春嶽の孫)が「昭和殉難者」として祖父らを合祀くださったと聞きますが、叔父としては、時の政治の言いなりになることを潔しとしなかったのだろうと思います。祖父ならどうしただろうと考えると、本当に複雑な気持ちです。
祖父は東京裁判で、開戦は自存自衛のためであり、国際法にものっとっていると、「平和に対する罪」を一切認めませんでしたが、遺書では陛下の軍隊が戦場で一部過ちを犯したと悔やんでいます。靖国さまにも触れていて、「我々の処刑をもって一段落として、戦死傷者、戦災死者の霊は遺族の申し出あらば、これを靖国神社に合祀せられたし」「敵、味方、中立国の国民罹災(りさい)者の一大追悼慰霊祭を行われたし」と記しています。その日がいつか来ることを私も願っております。
平成7年3月19日の毎日新聞朝刊1面に「昭和天皇 東条元首相を称賛」という記事が大きく載りました。首相を終えた時に賜ったという異例の勅語が米国から入手したマイクロフィルムで見つかったと。「百年の後の名を期せ」と家族に言い残した祖父を思い、胸が熱くなりました。生涯で一番うれしい日でした。
◇
とうじょう・ゆうこ 39年、ソウル生まれ。東条英機の長男英隆、幸子夫妻の長女。本名岩浪淑枝。
毎年、夏が近づくと、私は心中複雑です。世間の関心が靖国さまに集中しますので。今年は小泉総理が参拝するとおっしゃったため、例年以上に関心が寄せられています。祖父・英機がご祭神から除かれれば対外関係がスムーズに行き、総理も参拝できるのなら、祖父もそれを「良し」とするのでは、と考えることもあります。
靖国さまには平成4年から毎年8月15日に伺っております。『祖父東條英機「一切語るなかれ」』(現在は文春文庫)という本を書いたのを機に伺い始めました。いつも私一人でしたが、昨年は末娘が「私も」と言うので、思わず「本当?」と聞き返してしまいました。
「絶対に言い訳はするな」との祖父の遺言にたがう形でだれにも相談せずに本を書いたため、兄や叔父叔母をひどく怒らせましたが、以来、お参りしようと決めました。
輝雄叔父(英機次男、元三菱自動車社長)らは、私の浅はかな記述が「日本国内に対する全責任は自分にある」と東京裁判で述べた祖父の信念を貶(おとし)め、ひいては陛下や戦争関係者、ご遺族に累が及ぶことを懸念したのかもしれません。お茶箱にいっぱい読者のお手紙をいただきましたが、祖父の知人からも届き、うれしゅうございました。
A級戦犯合祀の件は、いわゆるA級戦犯14人の方々すべてが問題なのではなく、祖父が問題なのだと思っています。中国の首脳が自民党幹事長に「東条を除けば、靖国神社のことは問題にしない」と言ったとも聞きました。
中曽根内閣時代に、板垣様(征四郎・元中国派遣軍総参謀長、元陸相=A級戦犯として絞首刑)のご遺族から、刑死7遺族の自発的な合祀取り下げの働きかけがありましたが、東条の方から願い出ることはないと輝雄叔父は答えたそうです。靖国さまの松平永芳宮司(福井藩主・松平春嶽の孫)が「昭和殉難者」として祖父らを合祀くださったと聞きますが、叔父としては、時の政治の言いなりになることを潔しとしなかったのだろうと思います。祖父ならどうしただろうと考えると、本当に複雑な気持ちです。
祖父は東京裁判で、開戦は自存自衛のためであり、国際法にものっとっていると、「平和に対する罪」を一切認めませんでしたが、遺書では陛下の軍隊が戦場で一部過ちを犯したと悔やんでいます。靖国さまにも触れていて、「我々の処刑をもって一段落として、戦死傷者、戦災死者の霊は遺族の申し出あらば、これを靖国神社に合祀せられたし」「敵、味方、中立国の国民罹災(りさい)者の一大追悼慰霊祭を行われたし」と記しています。その日がいつか来ることを私も願っております。
平成7年3月19日の毎日新聞朝刊1面に「昭和天皇 東条元首相を称賛」という記事が大きく載りました。首相を終えた時に賜ったという異例の勅語が米国から入手したマイクロフィルムで見つかったと。「百年の後の名を期せ」と家族に言い残した祖父を思い、胸が熱くなりました。生涯で一番うれしい日でした。
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とうじょう・ゆうこ 39年、ソウル生まれ。東条英機の長男英隆、幸子夫妻の長女。本名岩浪淑枝。
これは メッセージ 1 (light_cavalryman さん)への返信です.
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