>A=1+1,B=2,C=10
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/05/28 03:06 投稿番号: [9860 / 17759]
> >A=B、
B=C、
∴ A=C
> >A≠C
> >A≠B or B≠C
>
> これらの式では、『異なる次元』が定義されているかね?
>
> 『多次元』を前提としている論理を『単次元』で否定しようとされてもねぇ
> 〜♪
あのですね、Aは、日本文であり、Bはそれを翻訳ソフトによって得られた英
文、Cは、さらにそれを翻訳ソフトにかけて得た日本文であるということは、
文章で説明してあるはずだが…。君が出した例の、10進法表記の数値の計算結
果を2進法表記で表示すると、大して変わるとは思えんが?
> 現在の機械式翻訳は『不可逆変換』ってだけの話だろ?
>
> 明らかに前提が異なりますね♪
君がmsg9789で言っていた例↓に適合すると思ったのだけれどね。
> 発信者が原文を考える。
> 暗号化し、解読パターンと共に相手に伝える。
>
> 暗号と、解読パターンを受信。
> 暗号を原文に復元。
>
> 受信者は発信者の考えた原文が何であったか理解する。
発信者が日本語を「英語」という形で暗号化する。
受信者は、解読パターンと解読ソフトで原文の日本語を復元する。
こういう風に考えれば、分かりやすくない♪(笑)
「○んこ」問題を考えるにあたっては、コンピュータによる文意解読と、人間
による文意解読とは異なるのだということが、とても重大だと思うのだけれど、
その点を君に示唆するのに良い例だと思ったのだけれどね…?
> 『日常の出来事や会話のルール作り』なら、
> 多数派の示したルール案の矛盾点が立証され、かつ、
> 少数派の示したルール案の合理性が立証されても多数派には配慮すべきだと?
これは実際問題難しい問題だよね。「ルール案の矛盾点」を立証するとき、一
般の人に分かりやすく説明できるなら問題はない。すぐに合理的な案の方が多
数派になると思う。しかし、非常に分かりにくいものであったり、長期的視野
や全体の利益を考えると合理的であっても、個々の近視眼的利益に対立するも
のであったり、一般的な道徳や慣習や先入観と相容れなかったりした場合、問
題が起こる。
君は、靖国参拝に反対する中国当局の声明に反発し、いきり立ち、罵声を浴び
せ、烈火のごとく怒る日本の大衆に、彼らの非合理性を指摘し納得させる自信
があるかなあ?
多数決というのは、どうして出来たかを考えると、軍事的なものに裏づけされ
ているのではないかと思う。頭数の多い方が、戦争において有利であるという
のは、常識だ。意見が対立した場合、数の多い方に従うというのは、勝敗の見
えた、無益な戦いを避けるという、実際的な知恵だったのではないかと思う。
(こういったからと言って靖国参拝に賛成しているわけでは無論ない)
それから、あまり利害の対立しない、どっちでもいい問題なら、多数派に従う
というのは、不文律としてあるのでは?
とにかく、多数(派)を軽く考える(侮る)のはよろしくないと思う…。
msg9833
> uso888のHP内の徒然日記
> をリンクし、陰口をたたくuso888の姿をさらしたのでしたよね♪
非難されるほどの陰口でもないように思うが?(笑)
> >A≠C
> >A≠B or B≠C
>
> これらの式では、『異なる次元』が定義されているかね?
>
> 『多次元』を前提としている論理を『単次元』で否定しようとされてもねぇ
> 〜♪
あのですね、Aは、日本文であり、Bはそれを翻訳ソフトによって得られた英
文、Cは、さらにそれを翻訳ソフトにかけて得た日本文であるということは、
文章で説明してあるはずだが…。君が出した例の、10進法表記の数値の計算結
果を2進法表記で表示すると、大して変わるとは思えんが?
> 現在の機械式翻訳は『不可逆変換』ってだけの話だろ?
>
> 明らかに前提が異なりますね♪
君がmsg9789で言っていた例↓に適合すると思ったのだけれどね。
> 発信者が原文を考える。
> 暗号化し、解読パターンと共に相手に伝える。
>
> 暗号と、解読パターンを受信。
> 暗号を原文に復元。
>
> 受信者は発信者の考えた原文が何であったか理解する。
発信者が日本語を「英語」という形で暗号化する。
受信者は、解読パターンと解読ソフトで原文の日本語を復元する。
こういう風に考えれば、分かりやすくない♪(笑)
「○んこ」問題を考えるにあたっては、コンピュータによる文意解読と、人間
による文意解読とは異なるのだということが、とても重大だと思うのだけれど、
その点を君に示唆するのに良い例だと思ったのだけれどね…?
> 『日常の出来事や会話のルール作り』なら、
> 多数派の示したルール案の矛盾点が立証され、かつ、
> 少数派の示したルール案の合理性が立証されても多数派には配慮すべきだと?
これは実際問題難しい問題だよね。「ルール案の矛盾点」を立証するとき、一
般の人に分かりやすく説明できるなら問題はない。すぐに合理的な案の方が多
数派になると思う。しかし、非常に分かりにくいものであったり、長期的視野
や全体の利益を考えると合理的であっても、個々の近視眼的利益に対立するも
のであったり、一般的な道徳や慣習や先入観と相容れなかったりした場合、問
題が起こる。
君は、靖国参拝に反対する中国当局の声明に反発し、いきり立ち、罵声を浴び
せ、烈火のごとく怒る日本の大衆に、彼らの非合理性を指摘し納得させる自信
があるかなあ?
多数決というのは、どうして出来たかを考えると、軍事的なものに裏づけされ
ているのではないかと思う。頭数の多い方が、戦争において有利であるという
のは、常識だ。意見が対立した場合、数の多い方に従うというのは、勝敗の見
えた、無益な戦いを避けるという、実際的な知恵だったのではないかと思う。
(こういったからと言って靖国参拝に賛成しているわけでは無論ない)
それから、あまり利害の対立しない、どっちでもいい問題なら、多数派に従う
というのは、不文律としてあるのでは?
とにかく、多数(派)を軽く考える(侮る)のはよろしくないと思う…。
msg9833
> uso888のHP内の徒然日記
> をリンクし、陰口をたたくuso888の姿をさらしたのでしたよね♪
非難されるほどの陰口でもないように思うが?(笑)
これは メッセージ 9832 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
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