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らぶままへ(もう読んだ?)   1

投稿者: kotori730 投稿日時: 2004/11/11 16:17 投稿番号: [8412 / 17759]
【ファルージャの呪われた人々】(2004/11/08.Iraq)

情況はますます悪化してます。ファルージャから二十キロの距離にあるAmiryaの町を見れば、疎開者たちの困難はたちどころに理解できます。10月26日の時点では、スンニ派の町(ファルージャ)からやって来た百五十家族の疎開者を迎え入れていましたが、今ではそれが、ほぼ一万七千家族になっています」。

イタリア連帯協会(Consorzio Italiano di Solidarieta'=ICS)の責任者、ダウニア・パヴォーネはヨルダンのアンマンからそう答えた。パヴォーネはアンマンから、同NGOのために働くイラク人七人の活動をコーディネートしている。

「わたしたちはファルージャとラマディのあるアンバール県全域の難民の情況の把握を試みています。飲用水から医薬品、マットレスから毛布まで、足りないものばかりです」。

2004年4月の攻撃を受けるまでファルージャの人口は三十万ほどもあった。その時期から多くの住人たちが脱出を始めたが、当時はまだそれほど絶望的なものではなく、近隣地区の親族や友人たちをたよっての避難だった。疎開者の流出は漸増しつづけ、今では、地元の医療関係や報道関係者の情報によると、ファルージャの町には総人口の20パーセント以下が残るのみだと言う。

疎開した家族たちは最低限の避難場所になりうるあらゆる建物を占拠しはじめました」パヴォーネは語る「公共施設、学校にモスクです。ここでは、アラウィ政権の支配は全く機能していません、行政者すらいないのです。悲劇的なのは、食糧配給を受けるためには役所が発行する居住証明カードが必要だという事実です。彼ら避難民には食糧を手にする権利が無く、ファルージャに残った人々には、食糧運搬上のリスクから食糧が供給されないのです」。
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