>重慶の問題
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2004/09/18 08:35 投稿番号: [7958 / 17759]
> 沖縄のヘリ墜落ねぇ〜
> あれは事故だよね?
> 軍事漫談家神浦氏の言う電波、墜落したヘリには劣化ウラン弾が積まれていた!!!!
> (不思議な事に爆発炎上したのに誘爆しなかったと言う不思議な実弾。)
>
> ってのが証明されたのならともかく・・・
>
> 私なら事故でなく事件である重慶の問題をよほども重要視するがね・・・
あのね、主権国家である日本側がね、「機体の現場検証ができなかったため
事故内容を把握できず、周辺住民にも不安を与えた点」というのは、
軽く考えていていい問題だとは思わんけれどね。
------------------------------------------------------------
現場協力の指針、日本側が「必要」 米軍ヘリ事故分科委
沖縄県宜野湾市での米軍ヘリコプター墜落事故を受けた日米合同委員会の「事故現場における協力に関する特別分科委員会」の初会合が17日、外務省内であった。
米側は、今回の事故での現場対応を順を追って説明。日本側は、機体の現場検証ができなかったため事故内容を把握できず、周辺住民にも不安を与えた点などを指摘。日米双方は初動から検証までの手順を定めるガイドラインを含め、合同委への勧告を早期にまとめることで一致した。
日本側から梅本和義北米局参事官、米側はベーカー在日米空軍副司令官らが出席した。 (09/17 13:28)
http://www.asahi.com/politics/update/0917/007.html
------------------------------------------------------------
ところで、「重慶」は、別の意味で重要な意味があるね。
↓この過去を、戦争を知らない世代の多くの日本人に知らしめたのは、功績大だな。
恥を言うと、わたしもほとんど知らなかった。(笑)
------------------------------------------------------------
前田哲男『戦略爆撃の思想』
戦史初の戦略爆撃作戦
第一に、日本軍の重慶爆撃は「戦略爆撃」なる名称を公式に掲げて実施された最初の意図的・組織的・継続的な空襲作戦であった。ドイツ空軍のゲルニカ攻撃より約1年遅れはしたが、1日限りではなく三年間に218次の攻撃回数を記録した。空襲による直接の死者だけで中国側集計によれば1万1885人にのぼる。
ドイツ空軍が英本土に対して「アドラー・ターク(鷲の日)」攻勢を開始し、あの「バトル・オブ・ブリテン」の始まる日までに、重慶は二夏の爆撃を体験し、日本軍飛行士によって市街地は「平らになった」と報告されていた。
英空軍によるベルリン爆撃より「五・三、五・四」の方が1年3ヶ月も早い。つまり重慶は世界のどこの首都より早く、また長く、かつ最も回数多く戦略爆撃の標的となった都市の名を歴史にとどめるのである。
その意味で「重慶爆撃」は、東京空襲に先立つ無差別都市爆撃の先例であり、核弾頭こそ使われなかったものの、思想においてそれはまぎれもなく「広島に先行するシロシマ」の攻撃意志の発現であった。
第二次世界大戦の中から生まれてきた「戦略爆撃の思想」が広島・長崎を転回点として核戦略に転移し、航空攻撃から弾道ミサイルによる「経空攻撃」へと飛躍して地球と人類にのしかかっている現実を考えるなら、ゲルニカ―重慶―広島への流れは、人類絶滅戦争=みなごろしの思想の原型を形づくったといえる。
http://www2.freejpn.com/~az1156/page166.html
------------------------------------------------------------
↓参考までに、こんなのもあった。
http://cityscape.air-nifty.com/cityscape_blog/2004/08/post.html
http://ch.kitaguni.tv/u/5028/%C2%E7%C6%FC%CB%DC%C4%EB%B9%F1%A4%CF%B7%F9%A4%A4%A4%C0/0000107389.html
> あれは事故だよね?
> 軍事漫談家神浦氏の言う電波、墜落したヘリには劣化ウラン弾が積まれていた!!!!
> (不思議な事に爆発炎上したのに誘爆しなかったと言う不思議な実弾。)
>
> ってのが証明されたのならともかく・・・
>
> 私なら事故でなく事件である重慶の問題をよほども重要視するがね・・・
あのね、主権国家である日本側がね、「機体の現場検証ができなかったため
事故内容を把握できず、周辺住民にも不安を与えた点」というのは、
軽く考えていていい問題だとは思わんけれどね。
------------------------------------------------------------
現場協力の指針、日本側が「必要」 米軍ヘリ事故分科委
沖縄県宜野湾市での米軍ヘリコプター墜落事故を受けた日米合同委員会の「事故現場における協力に関する特別分科委員会」の初会合が17日、外務省内であった。
米側は、今回の事故での現場対応を順を追って説明。日本側は、機体の現場検証ができなかったため事故内容を把握できず、周辺住民にも不安を与えた点などを指摘。日米双方は初動から検証までの手順を定めるガイドラインを含め、合同委への勧告を早期にまとめることで一致した。
日本側から梅本和義北米局参事官、米側はベーカー在日米空軍副司令官らが出席した。 (09/17 13:28)
http://www.asahi.com/politics/update/0917/007.html
------------------------------------------------------------
ところで、「重慶」は、別の意味で重要な意味があるね。
↓この過去を、戦争を知らない世代の多くの日本人に知らしめたのは、功績大だな。
恥を言うと、わたしもほとんど知らなかった。(笑)
------------------------------------------------------------
前田哲男『戦略爆撃の思想』
戦史初の戦略爆撃作戦
第一に、日本軍の重慶爆撃は「戦略爆撃」なる名称を公式に掲げて実施された最初の意図的・組織的・継続的な空襲作戦であった。ドイツ空軍のゲルニカ攻撃より約1年遅れはしたが、1日限りではなく三年間に218次の攻撃回数を記録した。空襲による直接の死者だけで中国側集計によれば1万1885人にのぼる。
ドイツ空軍が英本土に対して「アドラー・ターク(鷲の日)」攻勢を開始し、あの「バトル・オブ・ブリテン」の始まる日までに、重慶は二夏の爆撃を体験し、日本軍飛行士によって市街地は「平らになった」と報告されていた。
英空軍によるベルリン爆撃より「五・三、五・四」の方が1年3ヶ月も早い。つまり重慶は世界のどこの首都より早く、また長く、かつ最も回数多く戦略爆撃の標的となった都市の名を歴史にとどめるのである。
その意味で「重慶爆撃」は、東京空襲に先立つ無差別都市爆撃の先例であり、核弾頭こそ使われなかったものの、思想においてそれはまぎれもなく「広島に先行するシロシマ」の攻撃意志の発現であった。
第二次世界大戦の中から生まれてきた「戦略爆撃の思想」が広島・長崎を転回点として核戦略に転移し、航空攻撃から弾道ミサイルによる「経空攻撃」へと飛躍して地球と人類にのしかかっている現実を考えるなら、ゲルニカ―重慶―広島への流れは、人類絶滅戦争=みなごろしの思想の原型を形づくったといえる。
http://www2.freejpn.com/~az1156/page166.html
------------------------------------------------------------
↓参考までに、こんなのもあった。
http://cityscape.air-nifty.com/cityscape_blog/2004/08/post.html
http://ch.kitaguni.tv/u/5028/%C2%E7%C6%FC%CB%DC%C4%EB%B9%F1%A4%CF%B7%F9%A4%A4%A4%C0/0000107389.html
これは メッセージ 7920 (lighter101rethgil さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20_1/7958.html