>>どこまで自由であるべきか(2)
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2004/03/16 03:12 投稿番号: [5699 / 17759]
>もし、基本的人権が尊重されていない文化があるなら、
>それは、少なくともその一点において、遅れている、
>劣っていると断じて、なんら差し支えない。
(略)
>宗教も人が担う文化の一部に他ならない。
>もし、その教義が、例えば基本的人権という概念に
>背馳するなら、教義は変えられなければならない。
>あるいはその解釈が変わらなくてはならない。
(略)
>ともあれ、宗教も聖域ではない。我々の現在の到達点から見て、
>遅れた部分を指摘することを躊躇する必要はない。
>あくまである特定の部分に関してのみ、という限定つきでものを言うなら、
>劣った宗教もあれば進んだ宗教もある。
要するに、文化の優劣は、「人権」を尺度にするという訳なのか?
「君には驚きかもしれないが、文明、文化の優劣は厳然としてあるんだよ。
簡単ではないがね」とおっしゃった割には、初めて聞かされるような話では
ないと思うけれどなあ。「驚き」というのは、「誇大広告」って奴ではないの?
それに、人権がどれだけ認められるかは、「文化」の問題もあるだろうけれど
「政治」の問題もそうとう重要でしょう。
同一の国でも、人権の認められ方というものが、その歴史の中で、かなり上下して
いる場合があるでしょう。必ずしも、現在のほうが、最善とは限らない。これは、
政治的力関係による。
>さて、これで、君とはバイバイするよ。
>元気で頑張りなさいね。
さんざん、けなしてくれた割には、その幕引きは「竜頭蛇尾」だと思うぞ。
最後に…
遅くなってごめんね。(笑)
これは メッセージ 5647 (mrmc1964 さん)への返信です.
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