“平和ボケ”のお部屋

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>心が痛むようなことがなかった

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2004/03/09 00:13 投稿番号: [5568 / 17759]
>このカーチス・E・ルメイ少将にしたって約60年の間、
>一度たりとも心が痛むようなことがなかったとは思いたくないけど。

ルメイ司令官は、1990(平成2)年12月10日没となっています。

http://www007.upp.so-net.ne.jp/togo/human/ru/lemay.html

昨夜のNHKアーカイブスは、1978年に放送されたものでした。

ルメイ司令官は、この残虐な作戦を「私の一存で行った」と言ってますが、
これは、“罪”を一人でひっかぶったのだと思われます。

すでに、勝ちがはっきりと見えていた時期で、戦後の構想が語られていたと
思われるけれど、そんな時期に、これだけの大作戦を司令官だけの一存で
決めたとは、とても信じられません。

アメリカ政府が、日本国民の戦意を挫くために、精神的ダメージを与えるよう
現場の司令官たちに指示したのだと予想される。戦意を挫くことによって、
味方の被害を少なくし、戦争を早く終わらせることができますからね。

実際この意図どおりの結果になったと、なにかの本で読んだ記憶があります。
悲惨な被害をこうむった地域での、戦意の喪失、厭戦気分、敗北感は、かなり
ひどいもので、普通、「日本が負ける」なんてことを口にしたら、憲兵隊が
飛んできたものですが、この地域に関しては、焼け石に水みたいな状況で、
憲兵も見て見ぬ振りをしていたとのこと。


グーグルで「東京大空襲」で検索すると、下記の2件が、最初の方に
出てきました。(ご参考まで、3.10 って何の日か知らない人のために)

http://www.qmss.jp/qmss/biography/tokyo-dai-kushu.htm

http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/kusyu-kusyu.t.htm
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