鏡よ、鏡、この世で一番のならず者は〜 6
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2003/12/31 13:52 投稿番号: [4236 / 17759]
25. 「領事関係に関するウィーン協約および選択議定書」1963年:米国は長期に
渡ってこれに違反し、外国籍者を拘留しながら、母国の政府に通知することを怠
っている。1999年、2人のドイツ人ヴァルター・ルグランと弟カールはアリゾナ
州のガス室で死刑に処された。1984年に銀行員殺害の罪で逮捕されたとき、ルグ
ラン兄弟はドイツ大使館に連絡を取る権利を知らされず、ドイツ当局は法的に彼
らを援護することができなかった。1998年、国際司法裁判所(ICJ)は、米国
はこの事件において国際法を犯したとの採決を下し、米国最高裁判所に死刑執行
の中止を求めたが、最高裁は要請を却下した。2002年、メキシコは米国の地方お
よび州当局がウィーン協約に違反しているとして、米国内で死刑囚として拘留さ
れている54名のメキシコ人の死刑執行を中止させるようICJに嘆願した。2002
年8月、メキシコ大統領ヴィンセント・フォックスは、アラバマ州でメキシコ国
籍のハビエル・スアレス・メディナに対する死刑が執行されたことに抗議して、
テキサス州のブッシュ家の農場で予定されていたブッシュ大統領との会談をキャ
ンセルした。メディナは、1988年に逮捕されたとき、メキシコ政府に援助を求め
る権利を認められなかった。
2001年9月11日以降、米国の協約違反は急増しており、600名以上の「非合法戦
闘員」が、すべての法的権利を剥奪されて容疑未確定のまま、非公開軍事法廷で
の裁判を受けるべくグアンタナモその他に拘留されている。
26.エイズ、結核、マラリア、その他の病気の治療薬の価格を貧しい国の人々が
入手可能なレベルまで下げるために特許法を緩和する協約。世界貿易機構
(WTO)の米国以外の加盟143カ国すべてが2001年11月にカタールのドーハに
おける関係閣僚会議で合意した。2002年12月、米国は単独でこの協約を粉砕した。
ジュネーブのWTO本部筋によると、米国の決定は、米国の製薬諸企業の強力な
ロビー活動を受けて、ホワイトハウスが直接下したものであるという。
27. 「オレ達ならず者ナンバーワン!」の現状は、アメリカほどの幸運に恵まれ
ない国々への気前の良い援助で埋め合わされているだろうか?GDP比で測った
2002年の対外援助率ベスト3は、デンマーク(1.01%)、ノルウェイ(0.91%)、オラ
ンダ(0.79%)の順。最下位は米国(0.10%)で、英国(0.23%)の次だった。「世界的
開発と外交政策センター」誌がまとめた、先進21カ国の開発途上地域の振興への
貢献度を順位づけた2003年の指標によれば、米国は20位で、日本がいなければ最
下位となるところだった。
最強のならず者に関する上記の記録には、他の諸国に対する武力行使は含まれて
いない。米国議会調査部によれば(レポート96-119F『外国における米国軍事力
行使の事例』)、1798年から1995年までに通算251例があり、そのうち、宣戦布告
された戦争は5例のみで、軍事紛争下や紛争の恐れのある状況下、あるいは通常
の平時目的以外で、国外における軍事力行使が行われている。第二次世界大戦後
における米国の対外介入の記録については、ウィリアム・ブルム『ならず者国家』
(Common Courage Press, 2000年 邦訳『アメリカの国家犯罪全書』作品社)参照。
ソビエト連邦崩壊以降、米国は国外での軍事活動において“空前の”活発さを見
せている。「冷戦期間中、アメリカ合衆国による国外軍事介入はわずか16回であ
ったのに対し、冷戦終結後は50回近くの軍事介入に手を染めている(1989年〜
1999年)。これらの介入の多くは、ソマリア、ハイチ、ボスニア、コソボなどの
ように、米国にとって利害がないと以前は考えられてきた地域で行われた」
(米国国家安全保障委員会『21世紀、新たな世界の到来、21世紀アメリカの安全
保障』1999年9月)
渡ってこれに違反し、外国籍者を拘留しながら、母国の政府に通知することを怠
っている。1999年、2人のドイツ人ヴァルター・ルグランと弟カールはアリゾナ
州のガス室で死刑に処された。1984年に銀行員殺害の罪で逮捕されたとき、ルグ
ラン兄弟はドイツ大使館に連絡を取る権利を知らされず、ドイツ当局は法的に彼
らを援護することができなかった。1998年、国際司法裁判所(ICJ)は、米国
はこの事件において国際法を犯したとの採決を下し、米国最高裁判所に死刑執行
の中止を求めたが、最高裁は要請を却下した。2002年、メキシコは米国の地方お
よび州当局がウィーン協約に違反しているとして、米国内で死刑囚として拘留さ
れている54名のメキシコ人の死刑執行を中止させるようICJに嘆願した。2002
年8月、メキシコ大統領ヴィンセント・フォックスは、アラバマ州でメキシコ国
籍のハビエル・スアレス・メディナに対する死刑が執行されたことに抗議して、
テキサス州のブッシュ家の農場で予定されていたブッシュ大統領との会談をキャ
ンセルした。メディナは、1988年に逮捕されたとき、メキシコ政府に援助を求め
る権利を認められなかった。
2001年9月11日以降、米国の協約違反は急増しており、600名以上の「非合法戦
闘員」が、すべての法的権利を剥奪されて容疑未確定のまま、非公開軍事法廷で
の裁判を受けるべくグアンタナモその他に拘留されている。
26.エイズ、結核、マラリア、その他の病気の治療薬の価格を貧しい国の人々が
入手可能なレベルまで下げるために特許法を緩和する協約。世界貿易機構
(WTO)の米国以外の加盟143カ国すべてが2001年11月にカタールのドーハに
おける関係閣僚会議で合意した。2002年12月、米国は単独でこの協約を粉砕した。
ジュネーブのWTO本部筋によると、米国の決定は、米国の製薬諸企業の強力な
ロビー活動を受けて、ホワイトハウスが直接下したものであるという。
27. 「オレ達ならず者ナンバーワン!」の現状は、アメリカほどの幸運に恵まれ
ない国々への気前の良い援助で埋め合わされているだろうか?GDP比で測った
2002年の対外援助率ベスト3は、デンマーク(1.01%)、ノルウェイ(0.91%)、オラ
ンダ(0.79%)の順。最下位は米国(0.10%)で、英国(0.23%)の次だった。「世界的
開発と外交政策センター」誌がまとめた、先進21カ国の開発途上地域の振興への
貢献度を順位づけた2003年の指標によれば、米国は20位で、日本がいなければ最
下位となるところだった。
最強のならず者に関する上記の記録には、他の諸国に対する武力行使は含まれて
いない。米国議会調査部によれば(レポート96-119F『外国における米国軍事力
行使の事例』)、1798年から1995年までに通算251例があり、そのうち、宣戦布告
された戦争は5例のみで、軍事紛争下や紛争の恐れのある状況下、あるいは通常
の平時目的以外で、国外における軍事力行使が行われている。第二次世界大戦後
における米国の対外介入の記録については、ウィリアム・ブルム『ならず者国家』
(Common Courage Press, 2000年 邦訳『アメリカの国家犯罪全書』作品社)参照。
ソビエト連邦崩壊以降、米国は国外での軍事活動において“空前の”活発さを見
せている。「冷戦期間中、アメリカ合衆国による国外軍事介入はわずか16回であ
ったのに対し、冷戦終結後は50回近くの軍事介入に手を染めている(1989年〜
1999年)。これらの介入の多くは、ソマリア、ハイチ、ボスニア、コソボなどの
ように、米国にとって利害がないと以前は考えられてきた地域で行われた」
(米国国家安全保障委員会『21世紀、新たな世界の到来、21世紀アメリカの安全
保障』1999年9月)
これは メッセージ 4235 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
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