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Re: 小沢と渡部恒三・・・原発推進ヤクザ

投稿者: forever_omegatribe 投稿日時: 2011/09/10 09:26 投稿番号: [17217 / 17759]
>脅しとカネで人を操ってきたヤクザ体質。
こんな男達は政治から葬らないとね。

人望がないから徐々に影響力を落としていっています。100人に好かれていても、150人に徹底的に嫌われているから最初の投票で勝てても決選投票でアンチ小沢で団結するから勝てないのです。

小沢氏の性格の悪さは一緒に仕事をしたことがある元総理大臣の海部俊樹氏の著書にも書かれています。

1991年4月の東京都知事選挙で当時小沢が推していた元NHKのアナウンサー磯村氏が現職の鈴木氏に惨敗をして幹事長から辞職をしました。その時、海部のおじいちゃんは小沢のおっちゃんの慰留に勤めたが、無駄でした。小沢は政治改革法案だけはなんとしても通したいと言いました。『しかし結局、その時彼は何もやらなかった。(中略)小沢幹事長は辞める必要がない場面で逃げた。小沢一郎という政治家の「どうしようもない性癖」を、私が目の当たりにした最初のときだった』(海部俊樹著「政治と金P141」)
 
  『物事がまとまりかけると、自分の存在価値が低くなるから、つぶす。つぶすためには、横車でもなんでもゴリゴリ押して、荒れるなら荒れるでよろしい。小沢氏は、そんなことを繰り返した。何かがちょっと育ってくるとゴツン、少し芽が出始めるとゴツンと叩いてしまう性癖に、「壊し屋」という異名が付けられたのもあの頃だ(引用者注   1993年細川非自民連立政権の時)』(前掲書P162〜163)

  小沢の息がかかった国会議員の背信行為を見てもその通りです。自分の存在価値を認めてもらうために本音むき出しで、あそこまで露骨にやれるのかと思えるほどえげつない手を使ってきます。相手の面子をつぶせば二度と小沢と一緒に仕事をしたいとは思わないでしょう。

1997年末。小沢のおっちゃんが新進党の中に旧公明党がいるのが気に食わずに解党宣言を出してしまいました。『新進党は、文句を言わずにグッと我慢してみんなでやっていければ、いずれ政権が取れたはずだ。それなのに、小沢氏は自ら喧嘩を売った上で、「このままではジリ貧になる。それなら解党だ」と極端に走ってしまった。幹事長辞任に次いで二度目の逃亡。あれには私も、「お前、またか。おかしな奴だ。」としか言いようがなかった』(前掲書P170)

  二度小沢に失望させられたにもかかわらず、海部は三度小沢と一緒に仕事をすることになりました。『ところが、連立に参加して一年もたつと(2000年)、またまた小沢氏が連立離脱を言い始めた。政権が安定してきたので、存在感がなくなると考えたのだろう。そういう時、彼は政策論争をふっかけたりする。頭の良い人だから、理論構成などはなるほどしっかりしている。しかし悲しいかな、その能力を「壊す」ベクトルに持っていってしまう「癖」があるのだ。』(前掲書P173〜P174)
  『あの「壊し屋」に関わるとほとほと疲れるー三度、小沢一郎と交えた私の率直な感想だ。人の陣地に手を入れて、誘惑してその気にさせて、壊す。あの性癖は、死ぬまで治らないのではないか。業というか、あそこまでいくと、もう病としか言いようがない』(前掲書P174)
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