小沢と渡部恒三・・・原発推進
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2011/08/28 00:55 投稿番号: [17148 / 17759]
小沢一郎と渡部恒三〜「原発の闇を暴く」広瀬 隆、明石昇二郎
原発の闇を暴く (集英社新書)/広瀬 隆
¥798
以下書からの抜粋を含む
★福島や青森に核施設を建ててきた小沢一郎(岩手四区)と渡部恒三(福島四区)
★小沢一郎が、自民党幹事長時代に剛腕を振るわなければ、六ヶ所村の核燃サイクル基地は建ちませんでした。
核燃基地建設の是非が最大の焦点となり、事実上の「天下分け目の戦い」となった1991年の青森県知事選の時、
小沢が青森に乗り込み、敗色濃厚だった核燃推進派の現職知事陣営にテコ入れし、すさまじいまでの締め付けをしたことで形成を逆転させた。
僕はこのことを決して忘れません。
渡部恒三もまた、自民党時代に原発を福島に担ぎ込んだ張本人です。
1980年4月8日の衆院商工委員会で質問に立った渡部は、「政府は、原子力は安全であるということを国民にもっと知っていただかなくちゃならない」と冒頭で語った後、こう発言している。
「原子力発電所の事故で死んだ人は地球にいないのです。ところが自動車事故でどのくらい死んでいますか。人の命に危険なものは絶対やっちゃいかんという原則になれば自動車も飛行機も直ちに生産を中止しろということになる」
それに加え、「週刊文春」4月7日号でスッパ抜かれていましたが、1974年1月5日、日本原子力産業会議(原産会議。現・日本原子力産業協会)の新年名刺交換会の席上、当時厚生大臣だった渡部はこんなことを語っていたというのです。
「私はエネルギー問題を解決する最大の課題は原発の建設であるとの政治哲学を持っている」
「福島県には日本の原発の30%近くがあるが、そこで育って暮らしているこの私がこの通り元気一杯なのだから、原子力発電所を作れば作るほど、国民の健康は増進、長生きし、厚生行政は成功していくのではないかと思う」
その同じ渡部が、福島原発事故発生後の4月29日の衆院予算委員会で、トップバッターで質問に立ち、目を潤ませ、肩を震わせながらこう語りました。
「もちろん、責任は東電です。この40年間、あの原子力発電にあぐらをかいてきた東電です。徹底的に東電の責任は追及しなければなりません。
しかし、(福島の)地域の人たちは、東電に協力したんじゃありません。国策だから、国民のために大事だからといって協力したんじです。
そして、その原発地域の皆さんが今どんな生活をしているか。
私は、休みのとき、あの関係の地域の人にお目にかかると涙が止まらない。しかし、45年間、国のために頑張ってこられた人が、今、妻を失い、かわいい子供を失い、今日の生活、今日の生活どうしようかと、本当に苦しい立場にあるんです」
誰がそうしたのですか?「政治哲学」はどこにいったのですか? ---- 明石昇二郎
以上書からの抜粋を含むを終了
よくネット上で「小沢待望論」なるものを目にするが、まったく支持する気にならない。
田中角栄の子分として、いままで金権政治にどっぷりと浸かっていた男に何を期待しているのかが理解できない。
【田中角栄は汚い手口で柏崎刈羽原発を建てた、悪しき原発行政の象徴です。】
・・
六ヶ所村の再処理工場は、他の原発とは比べ物にならないほど恐ろしい施設です。
この施設に事故が起これば日本はおろか、北半球が終わってしまうでしょう。
そんなものを建てた人間は絶対に許してはいけないのです。それに比べれば政治資金問題などハナクソみたいなもんです。
・・
渡部恒三はいわずと知れた福島原発事故の共犯者です。
【現知事の佐藤雄平は渡部恒三の甥になります。】
【この二人が組んで、汚い手を使って、3号機のプルサーマルに反対する佐藤栄佐久を落として、プルサーマルを成立させたといわれています。】
この親戚コンビが福島第一原発事故を起こしたといっても過言ではありません。
・・
敬遠の中であった渡部と小沢が仲良くしはじめたのには、何か良からぬたくらみがあるのでしょう。
こいつらには警戒が必要です。
http://ameblo.jp/toseinin-tora/entry-10956581664.html
原発の闇を暴く (集英社新書)/広瀬 隆
¥798
以下書からの抜粋を含む
★福島や青森に核施設を建ててきた小沢一郎(岩手四区)と渡部恒三(福島四区)
★小沢一郎が、自民党幹事長時代に剛腕を振るわなければ、六ヶ所村の核燃サイクル基地は建ちませんでした。
核燃基地建設の是非が最大の焦点となり、事実上の「天下分け目の戦い」となった1991年の青森県知事選の時、
小沢が青森に乗り込み、敗色濃厚だった核燃推進派の現職知事陣営にテコ入れし、すさまじいまでの締め付けをしたことで形成を逆転させた。
僕はこのことを決して忘れません。
渡部恒三もまた、自民党時代に原発を福島に担ぎ込んだ張本人です。
1980年4月8日の衆院商工委員会で質問に立った渡部は、「政府は、原子力は安全であるということを国民にもっと知っていただかなくちゃならない」と冒頭で語った後、こう発言している。
「原子力発電所の事故で死んだ人は地球にいないのです。ところが自動車事故でどのくらい死んでいますか。人の命に危険なものは絶対やっちゃいかんという原則になれば自動車も飛行機も直ちに生産を中止しろということになる」
それに加え、「週刊文春」4月7日号でスッパ抜かれていましたが、1974年1月5日、日本原子力産業会議(原産会議。現・日本原子力産業協会)の新年名刺交換会の席上、当時厚生大臣だった渡部はこんなことを語っていたというのです。
「私はエネルギー問題を解決する最大の課題は原発の建設であるとの政治哲学を持っている」
「福島県には日本の原発の30%近くがあるが、そこで育って暮らしているこの私がこの通り元気一杯なのだから、原子力発電所を作れば作るほど、国民の健康は増進、長生きし、厚生行政は成功していくのではないかと思う」
その同じ渡部が、福島原発事故発生後の4月29日の衆院予算委員会で、トップバッターで質問に立ち、目を潤ませ、肩を震わせながらこう語りました。
「もちろん、責任は東電です。この40年間、あの原子力発電にあぐらをかいてきた東電です。徹底的に東電の責任は追及しなければなりません。
しかし、(福島の)地域の人たちは、東電に協力したんじゃありません。国策だから、国民のために大事だからといって協力したんじです。
そして、その原発地域の皆さんが今どんな生活をしているか。
私は、休みのとき、あの関係の地域の人にお目にかかると涙が止まらない。しかし、45年間、国のために頑張ってこられた人が、今、妻を失い、かわいい子供を失い、今日の生活、今日の生活どうしようかと、本当に苦しい立場にあるんです」
誰がそうしたのですか?「政治哲学」はどこにいったのですか? ---- 明石昇二郎
以上書からの抜粋を含むを終了
よくネット上で「小沢待望論」なるものを目にするが、まったく支持する気にならない。
田中角栄の子分として、いままで金権政治にどっぷりと浸かっていた男に何を期待しているのかが理解できない。
【田中角栄は汚い手口で柏崎刈羽原発を建てた、悪しき原発行政の象徴です。】
・・
六ヶ所村の再処理工場は、他の原発とは比べ物にならないほど恐ろしい施設です。
この施設に事故が起これば日本はおろか、北半球が終わってしまうでしょう。
そんなものを建てた人間は絶対に許してはいけないのです。それに比べれば政治資金問題などハナクソみたいなもんです。
・・
渡部恒三はいわずと知れた福島原発事故の共犯者です。
【現知事の佐藤雄平は渡部恒三の甥になります。】
【この二人が組んで、汚い手を使って、3号機のプルサーマルに反対する佐藤栄佐久を落として、プルサーマルを成立させたといわれています。】
この親戚コンビが福島第一原発事故を起こしたといっても過言ではありません。
・・
敬遠の中であった渡部と小沢が仲良くしはじめたのには、何か良からぬたくらみがあるのでしょう。
こいつらには警戒が必要です。
http://ameblo.jp/toseinin-tora/entry-10956581664.html
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