95年
投稿者: sudatitori 投稿日時: 2010/01/07 23:17 投稿番号: [16297 / 17759]
2001年9月11日、日本時間の午後10時50分過ぎからの5分ほどの、フロリダからのブッシュ大統領の戦争宣言のテレビ演説の生放送は、この日、アメリカで起きましたテロ事件の犯人は、アメリカ政府である事の動かぬ証拠です。しかし、その後、このテレビ演説は、マスコミ等から消しされれています。証拠隠滅が行われました。
私は、「対米全面テロ」のトピックで、2008年9月18日か、8月28日に、アメリカ政府と日本政府の共同犯行によるテロが、東京ドームでは化学兵器か生物兵器を用いて、北海道の洞爺湖では水素爆弾を用いて行われる、と予想しました。
この予想は、きれいに外れました。
そして、更に、2016年9月12日と19日、2017年9月18日と8月28日を危険日としまして、アメリカ政府と日本政府によるテロが、日本で行われる、と予想します。
わたくしの前回2010年1月3日の投稿で、アメリカと日本の金利政策についての政策金利は、日本では公定歩合としましたが、1994年の金利自由化にともない日本銀行は、公定歩合ではなく、民間銀行間の資金の貸し借りを行います公開短期金融市場の金利、コール市場のコールレートの誘導目標値の調整によって、民間金利を誘導する様になりました。アメリカとよく似た方式になりました。アメリカの政策金利を決めますのは、連邦準備制度理事会としましたが、連邦公開市場委員会の決定によります。
連邦公開市場委員会は、7人の連邦準備制度理事会の全員と、ニューヨーク連邦制度銀行の頭取と、他の11の連邦準備制度銀行の頭取の中の持ち回りになっています4人で、12人で構成されます。この委員会は1年に8回の定例会が6週間程の間隔で開かれます。他に必要な場合に、臨時開催されます。
2004年6月から2006年6月までの0.25パーセントの17回の政策金利の引き上げは、連邦公開市場委員会の年8回の定例会ごとに毎回引き上げられました結果です。およそ6週間隔としますと、引き上げのない月の翌月には必ず引き上げになります。
過去に、この様な、長期間の同じ幅での小刻みな引き上げが、有りましたかどうかを見ます資料を、ニューヨークとセントルイスの連邦準備制度銀行ホームページから紹介します。
連邦準備制度銀行が民間銀行に直接資金貸し出しをする金利が公定歩合です。民間銀行同士が連邦準備制度への預託基準を超えます資金を公開市場で融通しあいます金利の誘導目標が政策金利です。この公開市場での取引の実際の金利が実勢金利です。
1971年から2008年までの公定歩合と政策金利の数値と、1982年から2008年までの政策金利のグラフです。
1989年以前は一回の最小変更幅が0.125パーセントで、1990年からは0.25パーセントになっています。
http://www.ny.frb.org/markets/statistics/dlyrates/fedrate.html
http://research.stlouisfed.org/fred2/series/DFEDTAR?cid=118
1950年から2002年までの公定歩合の数値とグラフです。
http://research.stlouisfed.org/fred2/data/MDISCRT.txt
http://research.stlouisfed.org/fred2/series/MDISCRT?cid=118
1914年から2002年までの公定歩合の数値です。
http://research.stlouisfed.org/fred2/data/DISCNTD8.txt
1954年から2009年までの実勢金利の数値です。
http://research.stlouisfed.org/fred2/data/FEDFUNDS.txt
これらの数値、グラフからは、1913年12月下旬に連邦準備制度の法律が連邦議会を通過して以来2008年12月で95年になります間、2004年6月から2006年6月までの様な政策金利の引き上げは、かつて一度も行われていません事が分かります。
アラン・グリーンスパンさんから、2006年2月1日にベン・バーナンキさんに、連邦準備制度理事会議長が引き継がれました後も、この引き上げは続きました。
グリーンスパンさんの「百年に一度の金融危機」の言葉は、この0.25パーセントの17回の政策金利引き上げの事、それが引き起こします危機を指していますようです。
私は、「対米全面テロ」のトピックで、2008年9月18日か、8月28日に、アメリカ政府と日本政府の共同犯行によるテロが、東京ドームでは化学兵器か生物兵器を用いて、北海道の洞爺湖では水素爆弾を用いて行われる、と予想しました。
この予想は、きれいに外れました。
そして、更に、2016年9月12日と19日、2017年9月18日と8月28日を危険日としまして、アメリカ政府と日本政府によるテロが、日本で行われる、と予想します。
わたくしの前回2010年1月3日の投稿で、アメリカと日本の金利政策についての政策金利は、日本では公定歩合としましたが、1994年の金利自由化にともない日本銀行は、公定歩合ではなく、民間銀行間の資金の貸し借りを行います公開短期金融市場の金利、コール市場のコールレートの誘導目標値の調整によって、民間金利を誘導する様になりました。アメリカとよく似た方式になりました。アメリカの政策金利を決めますのは、連邦準備制度理事会としましたが、連邦公開市場委員会の決定によります。
連邦公開市場委員会は、7人の連邦準備制度理事会の全員と、ニューヨーク連邦制度銀行の頭取と、他の11の連邦準備制度銀行の頭取の中の持ち回りになっています4人で、12人で構成されます。この委員会は1年に8回の定例会が6週間程の間隔で開かれます。他に必要な場合に、臨時開催されます。
2004年6月から2006年6月までの0.25パーセントの17回の政策金利の引き上げは、連邦公開市場委員会の年8回の定例会ごとに毎回引き上げられました結果です。およそ6週間隔としますと、引き上げのない月の翌月には必ず引き上げになります。
過去に、この様な、長期間の同じ幅での小刻みな引き上げが、有りましたかどうかを見ます資料を、ニューヨークとセントルイスの連邦準備制度銀行ホームページから紹介します。
連邦準備制度銀行が民間銀行に直接資金貸し出しをする金利が公定歩合です。民間銀行同士が連邦準備制度への預託基準を超えます資金を公開市場で融通しあいます金利の誘導目標が政策金利です。この公開市場での取引の実際の金利が実勢金利です。
1971年から2008年までの公定歩合と政策金利の数値と、1982年から2008年までの政策金利のグラフです。
1989年以前は一回の最小変更幅が0.125パーセントで、1990年からは0.25パーセントになっています。
http://www.ny.frb.org/markets/statistics/dlyrates/fedrate.html
http://research.stlouisfed.org/fred2/series/DFEDTAR?cid=118
1950年から2002年までの公定歩合の数値とグラフです。
http://research.stlouisfed.org/fred2/data/MDISCRT.txt
http://research.stlouisfed.org/fred2/series/MDISCRT?cid=118
1914年から2002年までの公定歩合の数値です。
http://research.stlouisfed.org/fred2/data/DISCNTD8.txt
1954年から2009年までの実勢金利の数値です。
http://research.stlouisfed.org/fred2/data/FEDFUNDS.txt
これらの数値、グラフからは、1913年12月下旬に連邦準備制度の法律が連邦議会を通過して以来2008年12月で95年になります間、2004年6月から2006年6月までの様な政策金利の引き上げは、かつて一度も行われていません事が分かります。
アラン・グリーンスパンさんから、2006年2月1日にベン・バーナンキさんに、連邦準備制度理事会議長が引き継がれました後も、この引き上げは続きました。
グリーンスパンさんの「百年に一度の金融危機」の言葉は、この0.25パーセントの17回の政策金利引き上げの事、それが引き起こします危機を指していますようです。
これは メッセージ 16295 (sudatitori さん)への返信です.
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