0.25パーセント×17回
投稿者: sudatitori 投稿日時: 2010/01/03 23:36 投稿番号: [16295 / 17759]
2001年9月11日、日本時間の午後10時50分過ぎからの5分ほどの、フロリダからのブッシュ大統領の戦争宣言のテレビ演説の生放送は、この日、アメリカで起きましたテロ事件の犯人は、アメリカ政府である事の動かぬ証拠です。しかし、その後、このテレビ演説は、マスコミなどから消し去られています。証拠隠滅が行われました。
わたくしは、「対米全面テロ」のトピックで、2008年9月18日か、8月28日に、アメリカ政府と日本政府の共同犯行によるテロが、東京ドームでは化学兵器か生物兵器を用いて、北海道の洞爺湖では水素爆弾を用いて行われる、と予想しました。
この予想は、きれいに外れました。
そして、更に、2016年9月12日と19日、2017年9月18日と8月28日を危険日としまして、アメリカ政府と日本政府によるテロが、日本で行われる、と予想します。
わたくしの2008年のテロの予想の時期には、日本でのテロは起きませんでしたが、日本では福田康夫内閣総理大臣が、9月1日に辞意を発表し、9月22日に後継者として麻生太郎さんが、自由民主党の総裁に選出されました。アメリカでは、9月15日に投資銀行のリーマン・ブラザーズが倒産しました。この倒産は、リーマンショックと呼ばれ、アメリカのサブプライムローン問題を要因とします金融不安、経済不況の表面化のきっかけとなりました。深刻な状況を表します、「百年に一度の金融危機」と言う言葉が、広く使われています。
「百年に一度の金融危機」は、1987年8月11日から2006年1月31日までアメリカの連邦準備制度理事会議長を務めましたアラン・グリーンスパンさんの言葉として知られています。
2008年10月23日のアメリカの連邦議会の下院での、「津波」と言う言葉を使いました証言が、一番よく知られていますが、7月31日には、アメリカのNBCテレビのインタビューに、この言葉を答えています。それから、議会証言までの間にも、この言葉を含みます発言が報道されています。
グリーンスパンさんが、「百年に一度の金融危機」という言葉を、2008年ごろの経済状況について発言し始めました時期、考え始めました時期について、はっきりとはしませんが、2008年7月以前です事は分かります。
麻生内閣総理大臣もグリーンスパンさんの言葉を引用しまして、世界中に及ぶ金融危機や不景気の困難な事態を表現しましてニュースになり、日本でもこの言葉が広まりました。
金融危機、サブプライムローン問題が取立たされます以前に、とても珍しく思われます事が、アメリカで行われていました。
2003年6月以来1.00パーセントでした連邦準備制度理事会が決めます政策金利、誘導金利などと呼ばれます、日本での日本銀行の公定歩合に当たりますものが、2004年6月に1.25パーセントに引き上げられました。その後、毎月ではありませんが、引き上げのない月の翌月には必ず引き上げられますようになり、2006年6月まで毎回0.25パーセントの幅で、17回にわたり引き上げが行われました。4.25パーセント上昇しまして5.25パーセントの政策金利は、2007年9月に引き下げられ4.75パーセントとされますまで続きました。
アメリカと日本の金利政策を比べます評論や解説を連邦準備制度理事会や日本銀行の金利変更の報道の時に見聞きします。「アメリカは比較的大幅、大胆な金利変更をすることで、経済界、市場に明確で分かりやすく当局の経済政策のメッセージを発信し、それにより、経済界が迅速に反応出来るので金利変更の効果がはっきり現れる傾向に対して、日本の金利変更は、小出しにする傾向でメッセージが読み取り難く、後手後手に回る傾向にある。」と言ったものです。
毎回0.25パーセントの2年間の政策金利の引き上げは、一回のとしては最小の変更幅の引き上げをかなり長期に継続して行うと言う、どんなメッセージを、政策を発信しようとしていますのか、とても分かり難い手法と言えます。しかも、これまで、明確な分かり易い手法を取り続けていました機関が、それとは正反対の事をしました訳ですから、みんなに気付かれない様に、金利上昇を気に掛けない様に、という手法とする事も出来ます。みんなが知らない内に金利が4.25パーセントも上昇していました事になるようにしましたとも言えます。気付きました時には、すでに、重い金利負担と不景気がやって来てしまっている事にするための政策金利の引き上げ方が行われましたものとも言えそうです。
この小刻みな引き続きました政策金利の引き上げは、前代未聞、空前絶後、未曾有の事件なのかも知れません。
わたくしは、「対米全面テロ」のトピックで、2008年9月18日か、8月28日に、アメリカ政府と日本政府の共同犯行によるテロが、東京ドームでは化学兵器か生物兵器を用いて、北海道の洞爺湖では水素爆弾を用いて行われる、と予想しました。
この予想は、きれいに外れました。
そして、更に、2016年9月12日と19日、2017年9月18日と8月28日を危険日としまして、アメリカ政府と日本政府によるテロが、日本で行われる、と予想します。
わたくしの2008年のテロの予想の時期には、日本でのテロは起きませんでしたが、日本では福田康夫内閣総理大臣が、9月1日に辞意を発表し、9月22日に後継者として麻生太郎さんが、自由民主党の総裁に選出されました。アメリカでは、9月15日に投資銀行のリーマン・ブラザーズが倒産しました。この倒産は、リーマンショックと呼ばれ、アメリカのサブプライムローン問題を要因とします金融不安、経済不況の表面化のきっかけとなりました。深刻な状況を表します、「百年に一度の金融危機」と言う言葉が、広く使われています。
「百年に一度の金融危機」は、1987年8月11日から2006年1月31日までアメリカの連邦準備制度理事会議長を務めましたアラン・グリーンスパンさんの言葉として知られています。
2008年10月23日のアメリカの連邦議会の下院での、「津波」と言う言葉を使いました証言が、一番よく知られていますが、7月31日には、アメリカのNBCテレビのインタビューに、この言葉を答えています。それから、議会証言までの間にも、この言葉を含みます発言が報道されています。
グリーンスパンさんが、「百年に一度の金融危機」という言葉を、2008年ごろの経済状況について発言し始めました時期、考え始めました時期について、はっきりとはしませんが、2008年7月以前です事は分かります。
麻生内閣総理大臣もグリーンスパンさんの言葉を引用しまして、世界中に及ぶ金融危機や不景気の困難な事態を表現しましてニュースになり、日本でもこの言葉が広まりました。
金融危機、サブプライムローン問題が取立たされます以前に、とても珍しく思われます事が、アメリカで行われていました。
2003年6月以来1.00パーセントでした連邦準備制度理事会が決めます政策金利、誘導金利などと呼ばれます、日本での日本銀行の公定歩合に当たりますものが、2004年6月に1.25パーセントに引き上げられました。その後、毎月ではありませんが、引き上げのない月の翌月には必ず引き上げられますようになり、2006年6月まで毎回0.25パーセントの幅で、17回にわたり引き上げが行われました。4.25パーセント上昇しまして5.25パーセントの政策金利は、2007年9月に引き下げられ4.75パーセントとされますまで続きました。
アメリカと日本の金利政策を比べます評論や解説を連邦準備制度理事会や日本銀行の金利変更の報道の時に見聞きします。「アメリカは比較的大幅、大胆な金利変更をすることで、経済界、市場に明確で分かりやすく当局の経済政策のメッセージを発信し、それにより、経済界が迅速に反応出来るので金利変更の効果がはっきり現れる傾向に対して、日本の金利変更は、小出しにする傾向でメッセージが読み取り難く、後手後手に回る傾向にある。」と言ったものです。
毎回0.25パーセントの2年間の政策金利の引き上げは、一回のとしては最小の変更幅の引き上げをかなり長期に継続して行うと言う、どんなメッセージを、政策を発信しようとしていますのか、とても分かり難い手法と言えます。しかも、これまで、明確な分かり易い手法を取り続けていました機関が、それとは正反対の事をしました訳ですから、みんなに気付かれない様に、金利上昇を気に掛けない様に、という手法とする事も出来ます。みんなが知らない内に金利が4.25パーセントも上昇していました事になるようにしましたとも言えます。気付きました時には、すでに、重い金利負担と不景気がやって来てしまっている事にするための政策金利の引き上げ方が行われましたものとも言えそうです。
この小刻みな引き続きました政策金利の引き上げは、前代未聞、空前絶後、未曾有の事件なのかも知れません。
これは メッセージ 16290 (sudatitori さん)への返信です.
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