Re: 戦前の少年犯罪率・・(3)
投稿者: dorawasabi5001 投稿日時: 2008/10/21 00:48 投稿番号: [15803 / 17759]
>>どうして「精神障害者には責任能力がない」のか?が問題だと書いているのです。
精神障害者の責任能力の有無については、検察がかなり杜撰に判定し、不起訴としてしまっているようで↓は興味深い
http://www.seirokyo.com/archive/folder1/shokuhou/seimei/0109satomi.html
>例えば仮に、精神科学とか心理科学とか言うものがあって、確実な再現性があって、ある精神病の患者は確実に精神科医の予想通りに行動することが確認されて、全ての精神科学者とでも呼ぶべき人達がそれについて異論がないという状況になれば、その精神病患者に限ればその行動を100%管理できるわけですから、それを「病気」と称して何らかの行動規制をしながら管理する事は出来そうですが
というか、人間ですから同じ種類の精神病と診断されても【犯行時の精神状況】等違うでしょうから、再現しろと言われても無理です。
>そもそも精神病というもの自体の定義というか、責任をとれる学者というか、なんか私にはまだまだ発展途中の学問のように感じてしまいます。
責任を取れる学者はいないでしょうが、医師の退院等の判断は問われるかもしれません。
精神病・人格障害などの場合、【症状が行動となって】発現するので一般の病気とは違って難しい所でしょう。
>こういう殺人というような重要な局面を、精神病というくくりで判断するというのには、無理があるというか、あまり信頼感がないというのが私の今の正直な気持ちです。
しかし刑法があるわけで。
>昔から思っているのですが、そもそも一般の人が殺人を犯すときに、心神耗弱状態じゃないと、誰が証明できるのでしょうかねえ?こんな事で、罪の重さが変わるとしたら、その心神耗弱状態の度合いを測る普遍的で正確な測定器でも何でも造りだして、再現してみせるべきだとか考えているのは私だけでしょうか?
※ 私は、これで行くと、多くの殺人者は死刑どころか無罪になってしまうのではないだろうか?と思います。
責任能力なしとされると【措置入院】させられ、施錠された病室にと。
最近では、精神病と言うよりは【人格障害】と診断される例が多いようです。これは責任能力ありと。
【自己愛性人格障害】の土浦無差別殺傷事件とか、池田小もだったか。
>アメリカ人を「殺すな!」アルカイーダは「殺せ!」は一人の人間から出てくる言葉だったわけですが、これは進歩、退歩どちらなんでしょうかねえ?
攻撃の常套句ですから、大注目の退歩
>復讐を望む人も確実にいて、その人達の怨念とでも言うべき感情を瓦解させることが出来るのは、国家的な法律ではなくて、個人対個人の関係の上にのみそれは成立するのではないでしょうか?
だとすると、殺人ではなくても【処刑】もありえますね。
被害者に任せるのでは【無法】ということになります。
>死刑を肯定するが故に、死刑という復讐を剥奪された個人間の怨恨は永遠に解決できないわけです。
怨恨は【処刑すれば消去】できるものですか?
>今分かりましたが、つまりここでは死刑を話題にして死刑は語られてはいないのではないでしょうか?
ちょっと意味が?
精神障害者の責任能力の有無については、検察がかなり杜撰に判定し、不起訴としてしまっているようで↓は興味深い
http://www.seirokyo.com/archive/folder1/shokuhou/seimei/0109satomi.html
>例えば仮に、精神科学とか心理科学とか言うものがあって、確実な再現性があって、ある精神病の患者は確実に精神科医の予想通りに行動することが確認されて、全ての精神科学者とでも呼ぶべき人達がそれについて異論がないという状況になれば、その精神病患者に限ればその行動を100%管理できるわけですから、それを「病気」と称して何らかの行動規制をしながら管理する事は出来そうですが
というか、人間ですから同じ種類の精神病と診断されても【犯行時の精神状況】等違うでしょうから、再現しろと言われても無理です。
>そもそも精神病というもの自体の定義というか、責任をとれる学者というか、なんか私にはまだまだ発展途中の学問のように感じてしまいます。
責任を取れる学者はいないでしょうが、医師の退院等の判断は問われるかもしれません。
精神病・人格障害などの場合、【症状が行動となって】発現するので一般の病気とは違って難しい所でしょう。
>こういう殺人というような重要な局面を、精神病というくくりで判断するというのには、無理があるというか、あまり信頼感がないというのが私の今の正直な気持ちです。
しかし刑法があるわけで。
>昔から思っているのですが、そもそも一般の人が殺人を犯すときに、心神耗弱状態じゃないと、誰が証明できるのでしょうかねえ?こんな事で、罪の重さが変わるとしたら、その心神耗弱状態の度合いを測る普遍的で正確な測定器でも何でも造りだして、再現してみせるべきだとか考えているのは私だけでしょうか?
※ 私は、これで行くと、多くの殺人者は死刑どころか無罪になってしまうのではないだろうか?と思います。
責任能力なしとされると【措置入院】させられ、施錠された病室にと。
最近では、精神病と言うよりは【人格障害】と診断される例が多いようです。これは責任能力ありと。
【自己愛性人格障害】の土浦無差別殺傷事件とか、池田小もだったか。
>アメリカ人を「殺すな!」アルカイーダは「殺せ!」は一人の人間から出てくる言葉だったわけですが、これは進歩、退歩どちらなんでしょうかねえ?
攻撃の常套句ですから、大注目の退歩
>復讐を望む人も確実にいて、その人達の怨念とでも言うべき感情を瓦解させることが出来るのは、国家的な法律ではなくて、個人対個人の関係の上にのみそれは成立するのではないでしょうか?
だとすると、殺人ではなくても【処刑】もありえますね。
被害者に任せるのでは【無法】ということになります。
>死刑を肯定するが故に、死刑という復讐を剥奪された個人間の怨恨は永遠に解決できないわけです。
怨恨は【処刑すれば消去】できるものですか?
>今分かりましたが、つまりここでは死刑を話題にして死刑は語られてはいないのではないでしょうか?
ちょっと意味が?
これは メッセージ 15799 (assaraamaaleicomnjp さん)への返信です.
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