Re: 意識の進化
投稿者: nita2 投稿日時: 2005/11/06 13:47 投稿番号: [12848 / 17759]
>それは彼の意識が高度のレベルに達したから、そのような認識に至ったので
>しょう。
クラウゼヴィッツの善悪の超越は政治の延長として戦争を定義づけたことです。
簡単に表現すれば倫理感を麻痺させた戦争屋でしょう。
国民皆兵やら銃剣を振りかざして機関銃に立ち向かう精神論やら民間人虐殺や
ら近代戦の悲劇の根っこは、ほとんどクラウゼヴィッツにあります。
>これは表現は違いますが、私の言う神と一体になるということと同意だ思い
>ます。
ニーチェは神も含む既成の価値基準に囚われず自らの意思で行動する超人とい
う概念を創りあげました。
で、サルトルは人間は絶対的価値基準から自由な実存だとします。
人が作った道具に用途があるように、人間を神が創ったとすれば使命が生じ、
人間が守らなければならない絶対的価値基準が生じ人間を拘束します。
逆に神が創ったのでないとすれば、絶対的な価値基準もなく全てのものから
自由だってことになりますね。それが実存の自由です。
ちゅうことで、神と一体化して神の領域に達するか、神を否定して神の領域
に侵入するか、確かに至るところは同じかも知れませんが意識の変化として
は正反対だと思いますよ。
>いわば神意識の「顕現」とでもいいましょうか。
>そうなった時、人間は宇宙そのものであるわけだから、何ら彼を束縛する
>ものはない。
>それは仏教で言うところの「観自在菩薩」の域と同じです。
仏教では我執を捨て去り無我に至り、自他を超克してはじめて森羅万象の全
てと一如に、つまり神と一体になれるんじゃないかな?
やっぱり、意識の進化はむしろ我執を増大させ神の領域に踏み込む方向にあ
るように思えてしまう。ゴメンネ。
これは メッセージ 12807 (leben_oder_sterben さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a1hjbfoba5dca51a1ia4na4aait20_1/12848.html