フランス現代史
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/07/28 22:45 投稿番号: [11115 / 17759]
「フランスにおいて、フランス革命以後、主権在民は一貫していたか」という
問題について調べるために、フランス近・現代史の一般的テキストに目を通し
ていると、シャルル・ド・ゴール(通称ドゴール)という政治家が目に付いた。
1940年、フランスがドイツに破れ、パリが陥落すると、ドゴール陸軍准将はロ
ンドンに政治亡命し、そこからラジオを通じて、フランス国民に徹底抗戦を呼
びかけ、自由フランスを結成した。
まだ、無名であったし、彼を知るフランス国民も少なかった。ルーズベルト大
統領は、あからさまに彼を軽視したようだ。
ド・ゴールが、一躍名を高めたのは、戦後になってからだ。1958年大統領にな
ると、先進国としては、いささか遅きに失した植民地問題に手をつけ、アル
ジェリアをはじめ、多くのフランスの植民地問題を片付け、それらの国の独立
を認めた。(その結果、アナクロな植民地主義者に何度も暗殺を企てられる羽
目になる)
ド・ゴールは、西欧を米ソに対抗する第三勢力に育てようと腐心し、積極的に
外交を展開する。イギリス・アメリカ・ソ連と協力するが依存することもない
という自立外交を目指す。先進国の中で、もっとも最初に、中国を承認したの
は、ドゴールのフランスであった。
フランスの「政治的・軍事的行動の自由を回復」するために、フランス軍の
NATOからの離脱を進めたのもドゴールだ。「軍事的自立」のために核兵器の開
発を進めたことも忘れずに付け加えておかねばならないが…。
西欧を米ソに対抗する第三勢力とするために、ドイツとの協力関係が必須だと
も認識していた。フランスは、ドイツには、たくさんの恨みがあるはずだが、
そのためにドイツを敵に回すことは、安全保障上も好ましくなく、国益にかな
わないことをよく認識していた。
ド・ゴールのライフワークは、「フランスの偉大さの回復」であった。
フランスは、二つの大戦で疲弊しきり、第二次世界大戦が終わった直後におい
ては、かつての栄光などなく、明日の食べ物にさえ事欠く、“二流”の国だっ
た。しかし、こんな状態にありながらも、超大国アメリカに依存しっぱなしの
国になることもなく、第三極を目指して困難な状況を外交を駆使して切り開い
ていったのは、さすがだと言うべきだろう。
「アメリカにさからえますか?」なんてことを言って、「現実主義者」でしか
も「愛国者」を称している、どこかの国の政治家とは、かなり違う。
チープな愛国主義者たちの低次元の嗜好におもねり、馬鹿げたナショナリズム
を煽るぐらいの能しかない政治家は、国際政治の舞台では、まるっきり通用せ
ず、無残なまでに無能をさらけ出すばかりだろう。六カ国協議とやらで、どっ
かの国って、なんかかなりブザマじゃない?
フランスのシラク大統領は、「ゴーリスト」と呼ばれる、ド・ゴールの信奉者
の一人だ。2002年から2003年にかけて、イラクへの武力行使をめぐって、フラ
ンスが示した外交スタンスは、フランスの現代史を多少とも知るならば、納得
できるものだろう。
問題について調べるために、フランス近・現代史の一般的テキストに目を通し
ていると、シャルル・ド・ゴール(通称ドゴール)という政治家が目に付いた。
1940年、フランスがドイツに破れ、パリが陥落すると、ドゴール陸軍准将はロ
ンドンに政治亡命し、そこからラジオを通じて、フランス国民に徹底抗戦を呼
びかけ、自由フランスを結成した。
まだ、無名であったし、彼を知るフランス国民も少なかった。ルーズベルト大
統領は、あからさまに彼を軽視したようだ。
ド・ゴールが、一躍名を高めたのは、戦後になってからだ。1958年大統領にな
ると、先進国としては、いささか遅きに失した植民地問題に手をつけ、アル
ジェリアをはじめ、多くのフランスの植民地問題を片付け、それらの国の独立
を認めた。(その結果、アナクロな植民地主義者に何度も暗殺を企てられる羽
目になる)
ド・ゴールは、西欧を米ソに対抗する第三勢力に育てようと腐心し、積極的に
外交を展開する。イギリス・アメリカ・ソ連と協力するが依存することもない
という自立外交を目指す。先進国の中で、もっとも最初に、中国を承認したの
は、ドゴールのフランスであった。
フランスの「政治的・軍事的行動の自由を回復」するために、フランス軍の
NATOからの離脱を進めたのもドゴールだ。「軍事的自立」のために核兵器の開
発を進めたことも忘れずに付け加えておかねばならないが…。
西欧を米ソに対抗する第三勢力とするために、ドイツとの協力関係が必須だと
も認識していた。フランスは、ドイツには、たくさんの恨みがあるはずだが、
そのためにドイツを敵に回すことは、安全保障上も好ましくなく、国益にかな
わないことをよく認識していた。
ド・ゴールのライフワークは、「フランスの偉大さの回復」であった。
フランスは、二つの大戦で疲弊しきり、第二次世界大戦が終わった直後におい
ては、かつての栄光などなく、明日の食べ物にさえ事欠く、“二流”の国だっ
た。しかし、こんな状態にありながらも、超大国アメリカに依存しっぱなしの
国になることもなく、第三極を目指して困難な状況を外交を駆使して切り開い
ていったのは、さすがだと言うべきだろう。
「アメリカにさからえますか?」なんてことを言って、「現実主義者」でしか
も「愛国者」を称している、どこかの国の政治家とは、かなり違う。
チープな愛国主義者たちの低次元の嗜好におもねり、馬鹿げたナショナリズム
を煽るぐらいの能しかない政治家は、国際政治の舞台では、まるっきり通用せ
ず、無残なまでに無能をさらけ出すばかりだろう。六カ国協議とやらで、どっ
かの国って、なんかかなりブザマじゃない?
フランスのシラク大統領は、「ゴーリスト」と呼ばれる、ド・ゴールの信奉者
の一人だ。2002年から2003年にかけて、イラクへの武力行使をめぐって、フラ
ンスが示した外交スタンスは、フランスの現代史を多少とも知るならば、納得
できるものだろう。
これは メッセージ 1 (light_cavalryman さん)への返信です.
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