「軍部の煽りと恫喝」?
投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/06/30 17:47 投稿番号: [10908 / 17759]
10894と10898へのまとめレス。
>ただ昭和天皇については、当初より軍部の煽りと恫喝の下で決断された
>ことが多かったのだろうと思います。
昭和天皇は、そもそも陸軍と海軍の両方の頂点に位置する大元帥(軍部のトップ)であった。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/gunnjinntyokuyu.htm昭和天皇が軍人勅諭に反する「軍部の煽りと恫喝」を受けて屈したことなどは、全くなかった。
昭和天皇は、満州事変では、関東軍が無断で開始した作戦を追認し、関東軍の戦果を賞賛した。
日中戦争では、政府と軍部の強硬派の断固一撃論を積極的に支持し、慎重派の意見を退けた。
太平洋戦争では、軍部の初期作戦計画を慎重に検討した上で承認し、忠誠度抜群の東條を首相に起用して開戦への道を開いた。
>昭和天皇は、そのクーデターを指揮した連中に全然好意は持っていなかった
>と聞いているけれどね。陸軍や警察の対応が手ぬるいので怒って、「お前達
>がやらぬなら私が近衛師団を率いて直接鎮圧する」とまで言ったとかいう話
>だよ。
2.26事件は、陸軍の皇道派の青年将校が起こしたクーデターであった。
陸軍内部の主導権を統制派でなく皇道派が握ることと、新政府の政策を財界寄りでないようにすることを、主目的としていた。
皇道派寄りの川島義之陸相や香椎浩平戒厳司令官等はクーデターに同情的であったが、統制派の杉山元参謀次長等は反発し断固鎮圧を主張した。
昭和天皇は、皇道派よりも統制派を信頼しており、決起部隊を叛乱軍・暴徒とみなした。
2.26事件でも、昭和天皇が「軍部の煽りと恫喝」を受けて屈したことは全くなかった。
これは メッセージ 10894 (yoursong319 さん)への返信です.
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