>>「人権の制限」の要素
投稿者: nita2 投稿日時: 2005/06/28 22:04 投稿番号: [10884 / 17759]
頭の回転が速すぎて景色がグルグル回転して見えます。三半規管がいかれたようです。
サンマルチノにジャイアントスィングを食らったジャイアント馬場状態です。パァ。
>『平等主義』に基づき、
>『主権』が『国民』に平等に分配されるという思想が、
>『
民
主
主
義 』
>だと思うのですが…。
平等より主権の概念(民主主義)の方が先に芽生えたように思います。
個人の主権を重んじるってことは、究極には人は他人を殺す権利さえある訳ですが、それは一方で
他人の権利を踏みにじることになります。
だから、個々の人権の衝突を平等に制限することになったんじゃないかな?
で、制限が強まるほど平等にはなりまずが、反比例して自由な競争は阻害されますね。
そこで、平等と自由の比率から社会民主主義と自由民主主義に区分されるのでは?
で、これを現実に当てはめれば、公共の福祉に比重をおいた大きい政府の高福祉社会が社会民主主
義で、個人の権利に比重をおいた小さい政府の自由競争社会が自由民主主義なんだと思います。
平等という観点でみれば、個々の競争を抑制し「結果の平等」に比重を置くのが社会民主主義で、
競争を極力規制しない「機会の平等」に比重を置くのが自由民主主義じゃないのかな?
多分。
これは メッセージ 10835 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
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