>「人権の制限」の要素 2
投稿者: T_Ohtaguro 投稿日時: 2005/06/25 20:00 投稿番号: [10838 / 17759]
『主権』が『国民』に平等に分配されているのであれば、
一人一人の持つ『主権』に優劣はなく、
他者から干渉されずに『判断』できる事になる。
つまり、『判断』は『自主性』に任されるのであるが、
『自主的な基準』が『利己的/利他的』かで異なってくる。
個人優先の基準(個人主義)を有する国民が多ければ、
個人民主主義(一般的には自由民主主義といわれているものか?)となり、
全体優先の基準(全体主義)を有する国民が多ければ、
全体民主主義(一般的には社会民主主義といわれているものか?)となる
のではなかろうか?
まあ、
全体民主主義なんてものは、『利他主義』が前提であり、
『他者の権利』を尊重する事により、『自らの権利』も尊重される。
結果、
『情けは人の為ならず』であり、よりよい社会になる。
というものだが、
現実は『利己的』な判断基準を捨てられない者が存在する為、
『利己主義者』は『利』を『他』に還元せず、
『利』は『利己主義者』に集中する。
結果、
『利己主義者』に『利』や『権力』が集中し、
主権の平等分配さえも崩れ、行き着く先は、『独裁』となる。
羊の群れ(利他主義社会)に、
狼(利己主義者)が一匹紛れ込んでいれば、狼は肥え太る。
狼の群れ(利己主義社会)に属する狼(利己主義者)は、
他の狼との競争で、羊の群れに紛れた狼よりは太りにくい。
これは メッセージ 10835 (T_Ohtaguro さん)への返信です.
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