“平和ボケ”のお部屋

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やはり分かりません。

投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2005/06/04 14:15 投稿番号: [10127 / 17759]
>違いはあっても、食べられなくても、容れられますよね。

「文殊」の裁判では、国側の勝訴。
つまり日本の司法は、国が一般市民を傷つける可能性を否定して、国の安全性に対する姿勢を評価したということですよね?
これによって、迷惑を被るかも知れない人たちの意見を、将来的な、全体としての利益と照らし合わせて天秤に掛けて、その被害は微小であり、有益性を重視して被害の可能性のある人たちの訴えを却下したわけですよねえ?

「文殊」は、将来的な見通しとしては、それが活躍したり有用に利用されることはおそらく無いだろうということで、かつての原子力船「睦」と同じように、国側のある意味強引な正当性が認められただけで、何年かすれば、無用のものとして消えていく運命であろうとする意見が大きいようですね。

原子力の有用性が利便性が多大であるからと言って、可能性として、完全に捨て去ることの出来ない甚大な「危険性」に対してそれを軽視する人達、(ひいては私の子供たちにも及ぶかも知れない)他人に被害を押し付けてまでも自分たちの都合を優先させる人たちを、指をくわえて「容れられますね?」とかいているのでしょうか?


戦後の日本の総理大臣として初めて自衛隊を海外に「軍隊」として派遣させた人間を賞賛する一部勢力に対して、指をくわえて「容れられますね?」とかいているのでしょうか?


求められるべきは、「個としての自立性」ですから、「我」と無関係に存在する、もしくは非常に因果関係が薄いつながりである「他」に対しては、それ相応に寛容であるべきで、これに対して「容れられる」ことには異存はありません。
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