朝鮮人にとっての通州事件と南京大虐殺1
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/01/28 18:59 投稿番号: [6482 / 9338]
南京大虐殺においても、その殺しの手口は、まさに同じものですが、その発端は通州事件にあると考えられます。
1937年7月末の通州事件の「犠牲者の半数以上は朝鮮人(当時は日本人)」であり、彼らは「アヘン密貿易者および醜業婦にして在住未登録なりしもの」でした。
http://www.geocities.jp/yu77799/tuushuu/tuushuu1.html『当時の支那駐屯軍司令官香月清司中将の『支那事変回想録摘記』が記録する犠牲者の数は、日本人一〇四名と朝鮮人一〇八名であり、朝鮮人の大多数は「アヘン密貿易者および醜業婦にして在住未登録なりしもの」であった。朝鮮人のアヘン密貿易者が多数いたことは、通州がアヘンをもってする中国毒化政策の重要な拠点であったことを示していた。通州事件は、日本の中国「毒化政策」にたいする中国民族の恐怖と抵抗を標示していた。』
このことは日本のみならず、朝鮮を騒然とさせ、「支那への復讐」の機運が高まっていました。
折りしも、日本の陸軍少佐である朝鮮人の金錫源氏が、千名の日本人部下を指揮する大隊長として、「支那の大軍を山西省で木っ端微塵に撃破した」ことが伝わると、朝鮮人の若者たちはこぞって日本軍に志願しようと殺到し、血判状まで持って志願するほどでした。
その結果、翌年1938年に朝鮮志願兵制が「正式採用」されます。(一部の兵士や軍属はすでに採用されていました。)
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/sakushu.htmlよく「日本が志願兵制を強制した」ことになっていますが、実際はこのような背景で成立したものです。
このようにして、大陸の日本軍内部に朝鮮人の志願兵や軍属が増えていったわけです。
その後日本軍は、上海事変を経て、国民党軍のいる首都「南京」を陥落させました。
朝鮮人にとっては、それは数世紀に渡り自分たちを支配してきた中国人たちに対して、今度は「自分たちが強者(支配者)の立場で、弱者(被支配者)として扱えるようになった」ことを意味します。
http://www.aa.cyberhome.ne.jp/~museum/19450514baikaru/15baik-simbun.htmこの記事からは、朝鮮半島出身の軍属が日本軍の通訳として南京攻略戦に従軍していたことが分かります。
(もちろん従軍中はヘルメットも支給される軍服も日本軍のものです。)
これは メッセージ 6479 (hendazo04 さん)への返信です.
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